「真心徹到する人は…」の御和讃
 
 

◎「真心徹到する人は」の御和讃(イントロダクション)

  ここでは、親鸞聖人のこの御和讃について説明します。有名な御和讃ですので、よく知っておられる方もあると思います。

  真心徹到するひとは
  金剛心なりければ
  三品の懺悔するひとと
  ひとしと宗師はのたまえり

  これは、親鸞聖人が書かれたものですが、短い言葉で平仮名まじりで教えておられる御和讃のひとつです。勤行(おつとめ)の時に、正信偈の後に読まれている方も多いと思います。

◎真心徹到する

  「真心徹到(しんじんてっとう)」するひとは」と言われていますが、「真心」とは、真実信心のことです。真実信心の真実の「真」と信心の「心」をとって、「真心」といわれています。ですから、真心とは、真実信心のことです。親鸞聖人は、真実信心以外に教えられませんでした。
  “信心”といっても、数えきれないほどあります。世界には、宗教といわれるものが、たくさんあります。どの宗教も、“信心”が大事だと教えています。また、金があれば、幸せになれると信じている人は、“金(カネ)信心”ですし、健康ならば、幸せになれると思っている人は、“健康信心”です。また、財産や地位や名誉を信じている人は、“財産信心”“地位信心”“名誉信心”をもっています。ですから、信心といっても、いろいろな信心がありますが、親鸞聖人が教えられた信心は、“真実の信心”です。
  また、信心を獲得(ぎゃくとく)した、これを獲信(ぎゃくしん)といいますが、獲信したといっても、いろいろあります。親鸞聖人が教えられたのは、真実信心なので、獲得したといっている信心が、真実信心でなければ、浄土真宗でもなければ、仏教でもありません。それで、親鸞聖人の教えを聞いて、親鸞聖人の教えにあった、親鸞聖人の教えをものさしとして、ものさしにあった真実の信心を知って頂きたいと思います。
  真実信心を教えているものは、殆どいませんので、親鸞聖人は、真実信心と、そうでない信心は、どこが違うかをハッキリと教えられています。
  「真心徹到するひとは」とありますが、真実信心には、“徹到した”ということがあると教えられています。「徹到」とは、卒業したということです。真実信心でない信心には、徹到したということがありません。ですから、“死ぬまで求道”になります。求道とは、道を求めるということです。“死ぬまで求道”とは、求めているものが、求まったということがないということです。ですから、死ぬまで求まらずに、求め続けるということです。

◎多生にも値いがたし

  真実信心には、“徹到した”ということがあります。真実信心が徹到しますと、「無碍の一道」へ出ます。無碍の一道とは、一切がさわりにならないな絶対の世界ということです。今日の言葉でいうと、「絶対の幸福」です。無碍の一道へ出る、これが、人生の目的です。
  親鸞聖人が真実信心徹到されたのは、29才の時です。建仁元年という年です。ご存知の方も多いと思います。
  親鸞聖人は、真心徹到された体験をこのように言われています。これは、親鸞聖人の主著である『教行信証』の冒頭に書かれています。

  噫(ああ)、弘誓の強縁は、多生にも値いがたく、真実の浄信は、億劫にも獲がたし。遇(たまたま)行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。若しまたこの廻(たび)疑網(ぎもう)に覆蔽(ふくへい)せられなば更(かえ)りてまた昿劫を逕歴(きょうりゃく)せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。

  まず、「噫」とあります。親鸞聖人、びっくりなされています。阿弥陀仏に救いとられるのは、あっという間もない「一念(いちねん)」です。一念で真実信心徹到しますが、あっという間もない一念で、阿弥陀仏に救いとられた驚きを「噫」と言われています。心も言葉も絶えた驚きです。
  私たちも、驚いた時に「ああ」といいます。唐がらしと知らずに、唐がらしを口に入れたら、第一声、「あらっ」といいます。次に「辛い」といいます。「あら辛と、言うは後なり、唐がらし」と言われます。まず「あらっ」と言います。その後で、「辛い。唐がらしだった」と言います。
  親鸞聖人は、阿弥陀仏に救いとられた驚きを、「噫」と言われて、どういうことに驚かれたか、次に言われています。「弘誓の強縁は、多生にも値いがたく、真実の浄信は億劫にも獲がたし」です。まず「弘誓の強縁」ということですが、「弘誓」とは、阿弥陀仏のお約束のことです。「強縁」とは、強い力で、阿弥陀仏は、「何とかして絶対の幸福にしてみせる」と約束されています。これを阿弥陀仏の大願業力(だいがんごうりき)といいますが、阿弥陀仏の「何とかして絶対の幸福にしてみせる」という計り知れないお力のことを、「弘誓の強縁」と言われています。
  「弘誓の強縁は、多生にも値いがたく」ということですが、「多生」とは、生まれ変わり、生まれ変わりということです。私たちの肉体は、生まれ変わり、生まれ変わりをしていますが、私たちの生命は、ずっと過去から、流れています。ですから、何億年、何十億年、何百億年どころではありません。肉体は、生まれては変わりを繰り返していますが、それを「多生」と言われています。
  ですから「多生にも値いがたく」で、「多生にもあわれぬものにあうことができた」と言われています。1億円手に入れることや、三千万か五千万の家を建てることは、多生にもないことではありません。では、多生にもあうことができないこととは何でしょうか。金でも財産でも、地位でも名誉でもなく、「弘誓の強縁」だと言われています。多生にあわれん弘誓の強縁に、あうことができた、と喜んでおられるのです。
  弘誓の強縁に“あう”とは、どういうことでしょうか。雨に“あう”とは、ずぶ濡れになるということです。火事に“あう”とは、すべて燃えてしまうということです。弘誓の強縁に“あう”とは、無碍の一道へ出ることです。弘誓の強縁にあい、無碍の一道へ出ることは、多生にもないことです。それが、今、あうことができたと親鸞聖人は言われています。皆さんが仏法を求める目的は、多生にもあわれぬことにあう為なのです。

◎億劫にも獲がたし

  次に「真実の浄信は、億劫(おっこう)にも獲がたし」とあります。さきほどは「多生」、今度は「億劫」と言われています。「億劫」とは、「億」は、皆さんわかると思います。「劫」とは、4億3200万年のことです。ですからその億倍が、「億劫」です。億劫の間、獲ることのできなかったものを獲ることができた、ということです。多生の間、億劫の間、求めてやまなかったものを獲ることができたということです。
  それは何かというと、「真実の浄信」です。真実の浄信とは、真実の信心ということです。「浄」とは、清らかな、崩れない、ということです。今日の言葉でいうと、絶対の幸福です。そういう真実の浄信、絶対の幸福は、億劫の間、獲られなかったが、今、獲ることができた。多生の間、億劫の間、獲ることのできない真実の浄信を、獲ることができたということです。
  皆さんは、億劫の間、獲ることのできなかったものを獲る為に仏法を求めるのです。これを忘れてはなりません。

◎遠く宿縁を慶べ

  次は「遇、行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」です。「行信」とは、「真実の浄信」と同じことです。「行信を獲ば」とは、真実の浄信を獲たならば、ということです。そうしたならば、遠く宿縁を喜ばずにおれない、と言われています。「宿縁を慶べ」とは、「ずっと過去から阿弥陀仏は、どれだけ親鸞を絶対の幸福にしてやりたいとかかり果てていたであろうか。今、この身になれたのは、阿弥陀仏のおかげであった、阿弥陀仏の御恩を喜ばずにおれない」ということです。「宿」とは、ずっと過去から、ということです。「縁」とは、阿弥陀仏の御恩、ということです。親鸞聖人はここで、「阿弥陀仏は、ずっと昔から、親鸞かわいいと思われて、絶対の幸福にしてやりたいと思われて、御苦労されていたか。この身に救われたのは、すべて阿弥陀仏のお力でありましたから、遠く宿縁を喜ばずにおれません」と言われています。
 
◎危ないところを救われた

  次に「若しまた、此のたび、疑網に覆蔽せられなば、更りてまた、昿劫を逕歴せん」とありますが、これは、もし真心徹到できなかったら、この世も地獄、死んでからも地獄で、未来永遠、苦しまねばならないところであった、危ないところを救われた、ということです。
  「昿劫を逕歴せん」とは、この世も地獄、死んでからも地獄、未来永遠、苦しまねばならないということです。もし、真心徹到していなければ、未来永遠、苦しまねばならなった、危ないところを救われた、と言われています。

◎誠なるかな

  次は「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法」です。まず、「誠だった、誠だった」と言われていますが、何が誠だったのかというと、阿弥陀仏の本願です。「摂取不捨の真言」も、「超世希有の正法」も、必ず絶対の幸福にしてみせるという阿弥陀仏の本願のことです。阿弥陀仏の本願、ウソではなかった、誠だった、誠だった、ということです。
  ここで注意して頂きたいのは、死んだら助ける阿弥陀仏の本願なら、誠だったとは言えないということです。「お借りした一千万の借金は、必ず今年中に返します」と、いくら言われても、疑いの心は晴れません。本当に疑いの心が晴れるのは、年末に、貸したお金を持ってきた時です。その時、「今年中に必ず返すという約束、または証文は、まことだった、まことだった」と知らされます。死んだらお助けならば、死んでみないと、「誠だった」とは言えません。親鸞聖人が、「誠だった、誠だった」と言われているのは、生きている時に、阿弥陀仏の本願通りに救われたからです。
  今、多生にもあわれん弘誓の強縁にあうことができ、億劫にも獲ることのできない真実の浄信を獲ることができましたので、阿弥陀仏の本願に、ツユチリほどの疑いの心も晴れます。ですから、阿弥陀仏の本願まことだった、まことだったと言われています。
  そして最後に、「聞思して遅慮することなかれ」と言われています。これは、もたもたするな、早くツユチリほどの疑いも晴らしなさい、ということです。

◎真実の信心は、金剛心

  では、真実信心徹到したら、どうなるのでしょうか。次に教えられています。
  「金剛心なりければ」とあります。金剛心になるんだ、ということです。
  「金剛心」とは、絶対に変わらない心です。金剛心について、『後世物語聞書(ごせものがたりききがき)』に教えられています。

  いかなる人来たりて云い妨ぐとも、少しも変わらざる心を、金剛心というなり

  これは、「どんなに偉い人が、どんなにたくさんきて、『お前は間違っている、違うぞ』と言われても、少しも変わらない、少しも動揺しない心を金剛心というのだ」ということです。「こんな偉い人に言われたから、こんなに多くの人から間違っていると言われたから、自分は間違っているんじゃないだろうか」と思うのは、真心徹到していないんです。どんな偉大な人から、どれだけ多くの人から、どんな非難攻撃をされても、少しも微動しない心を、金剛心といいます。
  真実の信心徹到しますと、金剛心をえるようになります、金剛心になります。親鸞聖人が、真実の信心徹到したらどうなるか、ということについて言われたお言葉です。
  心とは、コロコロ変わるから、心(ココロ)といわれるそうですが、その心が、金剛心になるとは、摩訶不思議です。
  いかなる人から非難攻撃されても、微動だにしない心と言われていますが、「いかなる人」を、善導大師は、四重の破人(しじゅうのはにん)で教えられています。

◎四重の破人

  四重の破人の、「四重」とは、「四通り」ということです。「四通りの人から、非難攻撃されても、微動だにもしない心が、金剛心である」と、善導大師は、教えられています。四通りの人とは、「智者や学者」、「初地(しょじ)以下の聖者」、「初地以上十地以下の菩薩」、「報仏、化仏」です。智者や学者から総攻撃されても、初地以下の聖者から総攻撃されても、初地以上十地以下の菩薩がよってたかって攻撃しても、報仏化仏の仏様がよってたかって総攻撃しても、微動だにしないのが金剛心であると教えられています。
  「智者や学者」とは、世間の指導者、評論家や大学の教授、何でも知っている生き字引のような人のことです。そういう智者や学者から総攻撃されても、真実の信心は微動だにしません。
  「初地以下の聖者」ということですが、「初地」とは、さとりの名前ですが、さとりといっても、全部で52あります。52段目のさとりを「仏覚(ぶっかく)」といいます。仏覚の一つ下のさとりを、「等覚(とうかく)」といいます。等覚とは、下から51段目のさとり、あと1段で、仏というさとりが等覚です。「初地」とは、下から41段目のさとりをいいます。真実の信心は、41段目のさとりまでひらいている人たちから、総攻撃されても、微動だにしません。
  「初地以上十地以下の菩薩」ということですが、「十地」とは、50段目のさとりをいいます。41段目から、「初地」、「二地」、「三地」、「四地」・・・と数えて「十地」です。「十地」は、50段目のさとりのことです。41段目から50段目の高いさとりをひらいている人たちから、総攻撃されても、真実の信心は微動だにしません。
  「報仏、化仏」ということですが、これは仮定の話で、こんなことはありませんが、仮に仏様が、総攻撃してきても、真実の信心は微動だにしません。ですから、ハッキリした安心の身になります。真心徹到した人は、これらの4通りの人から、総攻撃されても、微動だにしない金剛心になると、親鸞聖人は教えられています。
では、親鸞聖人は、4通りの人から非難攻撃を受けられたのか、また、それで微動だにしない金剛心であったか、以下、話をしたいと思います。

◎権力者からの非難攻撃
 
  親鸞聖人が真心徹到されたのは、29才の時です。これは、先ほども述べました。親鸞聖人29才から亡くなられるまでの御一生を見ますと、親鸞聖人が死ぬまで非難攻撃を受けられたことがわかります。
  親鸞聖人は、智者や学者からは、「偏執者」という非難攻撃を受けられました。親鸞聖人に対する非難の中で実に多かったのが、「偏ったこと言うな」という非難です。「偏執者」とは、「偏ったこと言う者」ということです。
  特に当時の権力者から、「親鸞は偏執者だ」と非難攻撃を受けられました。偏執者とは、偏って、執着している者ということです。
  どうして、そのような非難攻撃を受けられたのかといいますと、「一向専念無量寿仏(いっこうせんねんむりょうじゅぶつ)」を教えられたからです。一向専念無量寿仏とは、お釈迦様のお言葉ですが、仏教の結論なのです。「一切経」にどれだけの漢字があるか、わかりませんが、お釈迦様は、漢字8字で、一切経の結論をズバリ言われています。お釈迦様は、何回も言われています。
  「一向専念無量寿仏」というお言葉の意味ですが、「一向専念」とは、阿弥陀仏一つに向きなさい、阿弥陀仏だけを信じなさい、ということです。「無量寿仏」とは、阿弥陀仏のことです。阿弥陀仏一つに向け、阿弥陀仏だけを信じよ、ということですが、これは、阿弥陀仏しか助ける力がないからです。大宇宙には、たくさんの仏様がおられますが、助ける力は、本師本仏の阿弥陀仏しかありません。大日如来にも薬師如来もにありません。まして諸仏の下の菩薩にあるはずがないです。菩薩とは、弥勒菩薩、観音菩薩、地蔵菩薩などです。菩薩に助ける力はありません。ましていわんや菩薩の下の諸神に助ける力はありません。だから、それらを捨てよと教えられます。阿弥陀仏以外の仏や菩薩や神には、助ける力はないから、捨てよ、阿弥陀仏しか助かる力はないから、阿弥陀仏一つに向け、阿弥陀仏だけを信じよ、ということですが、これを親鸞聖人また、徹底して教えられました。
  そこで、諸仏、菩薩、諸神を信じている当時の権力者が、「阿弥陀仏しか助ける力はないとは、なんと偏ったこというか、阿弥陀仏もいいかもしれんが、他の仏や菩薩や神を捨てよとは、どういうことだ」と、非難攻撃してきました。しかし、親鸞聖人は、微動だにしませんでした。
  それどころか、かえって攻勢に出ておられます。権力者たちは、親鸞聖人を非難攻撃してきましたが、親鸞聖人は、かえって反撃されています。そのお言葉が、『教行信証』にあります。

  主上臣下、法に背き、義に違し、忿を成し、怨を結ぶ

  「天皇や大臣ども」と、まず名指しされて、「お前らは法に背いている」と言われています。「法に背く」とは、真実に背き、真実を非難攻撃している、ということです。次に「義に違し」ですが、「義」とは、正義、真実です。「義に違し」で、真実に反しているではないか、ということです。次の「忿(いかり)を成し、怨(あだ)を結ぶ」ですが、「怒りにまかせて非難攻撃し、親鸞を流刑にし、法然上人まで流刑にし、住蓮房、安楽房は、死刑にしている」ということです。これは、歴史上の事実です。親鸞聖人は、関白九条兼実公の計らいによって流刑となりましたが、はじめは死刑の宣告を受けられたのです。親鸞聖人は、権力者の偏執者という非難攻撃に微動だにされなかったどころか、かえって反撃されています。
  今日でも、「一向専念無量寿仏」をいうと、偏っていると非難攻撃を受けます。浄土真宗の人たちでさえも、偏っていると非難攻撃してきます。ですから、他宗ならなおさらです。「執着するのは、悪いことだ。仏教で、執着ほど悪いものはないと教えられているではないか」と反論してくる人があります。仏教の学者ほど、このようなことを言います。こう言われて、ぐらつくのは、真心徹到していない人です。
  偏執する(偏って執着する)のが悪いといいますが、何に偏執するか、これが大事です。真実になら偏執すればするほど、よいのです。「親鸞は、お釈迦様が教えられた一向専念無量寿仏の真実に偏執している。お前らは、迷いに偏執しているではないか。そんな者が、親鸞を、非難攻撃してくるとは、何ごとか。お釈迦様の教えられたことを教えて、偏執者と言われるなら、それは光栄なことだ」と親鸞聖人は、ぐらつくどころではなく、かえって反撃されています。

◎聖道仏教(しょうどうぶっきょう)からの非難攻撃

  その他に親鸞聖人が受けられた非難攻撃は、「肉食妻帯の破戒僧」です。聖道仏教では、魚の肉を食べたり、結婚生活してはならない等、守らねばならない決まりがあります。これを、戒律といいますが、男の僧侶には、250の戒律があり、女の僧侶には、500の戒律があります。親鸞聖人は、肉食妻帯され、その戒律を破られました。それで、聖道仏教の者や、その教えを信じている者たちから、肉食妻帯の破戒僧と非難攻撃されました。僧侶で、戒律を破るとは、考えられないことなので、世間から、悪魔のように思われました。だから他に、「悪魔の坊主」、僧侶で肉食妻帯するとは、気が狂ったとしか思えない、「狂人だ」と言われました。
  しかし、親鸞聖人は、微動だにしませんでした。かえって、反撃をされています。そのお言葉がここにあります。

  諸寺の釈門、教に昏くして、真仮の門戸を知らず

  「諸寺の釈門」ということですが、「諸寺」とは、日本中の寺ということです。当時は、聖道仏教(聖道門)の寺ばかりでした。「釈門」とは、そこに住んでいる坊主です。ですから、「諸寺の釈門」で、日本中の坊主どもということです。「日本中の坊主ども、よく聞け。お前らは仏教を全くわかっていない」と親鸞聖人、言われています。「教に昏くして」とは、「教」とは仏教のことです。だから、「仏教に真っ暗がりだ、全然仏教わかっていない、そんな者が、寺に住んでいる。そして、親鸞を非難攻撃してくるとは何事か」と親鸞聖人、言われています。
  どれぐらいわかっていないかというと、「真仮の門戸を知らず」と言われています。これは、仏教のイロハもわかっていない、ということです。門の戸がどこにあるか、わかっていないということです。門がどこにあるか、わからねば、玄関に入って、家に入ることはもうありません。ですから、仏教のイロハ、仏教のABCさえも、全然わかっていないと言われ、そんな者が親鸞を攻撃するとは、何事だと、反撃されています。
  面白半分で、非難攻撃している人も多かったですが、親鸞聖人の教えそのものを非難攻撃してくる聖道門の仏教の学者もありました。それらの者から非難攻撃されても、少しも微動だにしなかった、金剛心の親鸞聖人のお姿を拝することができます。
  親鸞聖人は、非難攻撃してきた聖道仏教の者たちに、反撃しておられ、さらに、かえす刀でこうも反撃しておられます。

◎洛都の儒林からの非難攻撃

  諸寺の釈門、教に昏くして、真仮の門戸を知らず、洛都の儒林、行に迷うて、邪正の道路を弁うることなし

  このように、かえす刀で「洛都の儒林」を斬っておられます。「洛都の儒林、行に迷うて、邪正の道路を弁うることなし」ということですが、「洛都の儒林」とは、「洛都」は京都、「儒林」は、儒教の学者たちということです。儒教とは、中国の孔子の教えを信奉している人で、今日でいうと、倫理道徳です。儒教は、善悪を教えます。何が善で何が悪か教えます。親鸞聖人は「善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」や、「是非知らず、邪正もわかぬこの身なり、小慈小悲もなけれども、名利の人師をこのむなり」のお言葉にある通り、「何が善で、何が悪か、親鸞、わからぬ」と言われていますので、洛都の儒林は、「親鸞は、気違いだ」と、非難攻撃してきました。
  親鸞聖人は、洛都の儒林の非難攻撃に対して、微動だにもしなかっただけでなく、反撃しておられます。「洛都の儒林、行に迷うて、邪正の道路を弁うることなし」ですが、これは、「洛都の儒林たち、お前らこそ、行に迷っているではないか。そして、邪正の道路を弁(わきま)えていないではないか」ということです。「邪」とは、「悪」、「正」は、「善」ですから、「邪正の道路を弁うることなし」で、「お前たちこそ、何が善で、何が悪か、わかっていないじゃないか」と、敢然と反撃されています。親鸞聖人は、降りかかる火の粉を払われ、そして、猛然と、反撃されているのです。
  また、仏教の学者たちが、親鸞聖人の教えについて、非難攻撃してきました。その反撃のお言葉がこれです。

  末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈んで、浄土の真証を貶し、定散の自心に迷う
て、金剛の真信に昏し

  「末代の道俗」とは、「末代」は、親鸞聖人がおられた当時、「道俗」は、「道」とは、「仏教を説く人」、「俗」とは、「それを信奉している人」で、「末代の道俗」で、当時のすべての人のことです。
  「近世の宗師」とは、たとえば伝教です。比叡山を開いた男で、日本天台宗をつくった伝教で、最澄ともいいます。また、弘法です。高野山を開き、真言宗をつくった男で、空海ともいいます。また栄西、道元、隠元です。あと、日蓮がいます。天台宗をつくった伝教、真言宗をつくった弘法、臨済宗をつくった栄西、曹洞宗をつくった道元、隠元も、禅宗の一つをつくっています。親鸞聖人は、比叡山で修行されていました。伝教の教えることが正しいと信じ、修行されましたが、助からないと知らされたので、伝教も、近世の宗師の中に入れておられます。これらの人は、一宗一派を開いた人、開山といわれている人です。
  これらの者が、親鸞聖人の教えについて、非難攻撃してきました。それに対して、親鸞聖人は、これらの者たちの教えの誤りを指摘して、破っておられます。「お前たちは、自性唯心に沈んでおる」と言われています。「自性唯心(じしょうゆいしん)」とは、「阿弥陀仏や、地獄や極楽といっても、私たちの心のことである」という考え方です。西方、十万億の仏土を過ぎた世界に、阿弥陀仏がおられると、お釈迦様、阿弥陀経に教えられていますが、これらの者は、阿弥陀仏といっても、地獄や極楽といっても、私たちの心のことであると教えています。「腹が立った時が、地獄の心であり、仏教を聞いて、有り難いと思った時が、極楽の心だ」などと言います。親鸞聖人は、これらの者たちの言うことは間違いで、自性唯一に沈んでおると言われています。
  これは、当時だけでなく、今日のインテリと言われている人たちも、「阿弥陀仏、地獄や極楽は、私たちの心のことである」と言っています。その方か、私たちは、受け取りやすいです。しかし、これは、頭だけで理解しているだけです。
  「自性唯心に沈んで、浄土の真証を貶し」ですが、自性唯心沈んで、「浄土の真証を貶し」ているということですが、「貶している」とは、けなしているということです。「浄土の真証」とは、弥陀の本願、真実の仏教のことです。「親鸞は、真実の仏教を伝えている。その親鸞を、非難攻撃してくるということは、真実の仏教をけなしているということだ。お前たちは、真実の仏教をけなしている。親鸞を非難攻撃しているのが何よりの証拠ではないか」と、反撃されています。
 
◎浄土門からの非難攻撃

  また、親鸞聖人は、お友達からも非難攻撃を受けられました。信行両座の諍論など、親鸞聖人は、三大諍論で、友達の誤りを正されました。権力者、聖道仏教の者から、非難攻撃されていましたので、せめて友達とは仲良くしようと思うのが、普通の人ですが、親鸞聖人は、友達の誤りを正されました。友達たちは、それを恨みに思い、親鸞聖人を非難攻撃してきました。
  親鸞聖人は「定散(じょうさん)の自心(じしん)に迷うて、金剛の真信(しんしん)に昏(くら)し」と反撃されています。「定散の自心」とは、心が静まっている時は、助かるように思い、心が散り乱れている時は、助からないように思う自力の心です。「自心」とは、真実信心を真心というように、自力の心の「自」と「心」をとって、自心といわれています。自力の心は、怒りの心が起きている時は、助からないように思い、有り難く思える時は、助かるように思いますから、定散の自心と言われています。「お前たちは、自力の心に迷って、金剛の真信に真っ暗がりではないか」といわれています。「真信」とは、真実信心のことで、ここでは、「真」と「信」をとって、「真信」と言われています。「お前たちは、真実信心を全く知らないじゃないか」と親鸞聖人、反撃されています。
  まさに四重の破人から、攻撃されても、微動だにしなかっただけでなく、反撃されています。これは、金剛心がないと、できないことです。
  現在でも、インテリといわれる人は、「自性唯心」、すなわち、「阿弥陀仏も、地獄も極楽も、自分の心のことである」と思っていますので、「自性唯心に沈んで、浄土の真証を貶し」と、親鸞聖人は、インテリの間違いも、破っておられます。
  親鸞聖人には、人触れれば人を切る、馬触れれば馬を切る、厳しさがあります。顔を見れば、わかります。親鸞聖人を優しい方という人がいますが、それは一面しか知らない人です。親鸞聖人は、智者や学者から、非難攻撃されても、微動だにしませんでした。
  それだけでありません。初地以下聖者から総攻撃されても、少しも信仰に動揺はありません。実際に、初地以下の聖者から非難攻撃されたことがありました。伝教や弘法などは、聖者かもしれません。これらの者は、親鸞聖人が教えられたことを到底、受け入れることができないことは、よくわかります。親鸞聖人にこういうお言葉があります。

  真に知んぬ。弥勒大士(みろくだいじ)は、等覚(とうかく)の金剛心を窮(きわ)むるが故に、龍華三会(りゅうげさんえ)の暁、当に無上覚位を極むべし。念仏の衆生は、横超(おうちょう)の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の夕、大般涅槃(だいはつねはん)を超証(ちょうしょう)す

  「真に知んぬ」とは、「親鸞、まことに知らされた」ということです。「弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるが故に」とは、弥勒菩薩は、等覚の金剛心、すなわち、51段(あと1段で仏になるところ)までさとっているということです。しかしその弥勒菩薩が、あと1段のぼって仏になるのは、56億7000万年後であると、お釈迦様、教えられています。「龍華三会の暁、当に無上覚位を極むべし」とはそういうことですが、弥勒菩薩が、仏になって、はじめて説法される時を、「龍華三会の暁」といいます。56億7000年後に、「無上覚位を極む」、つまり、仏のさとりをひらくであろう、と言われています。
  次に、「念仏の衆生は、横超の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す」とありますが、「弥陀に救われた親鸞は、生きている時に、51段、高飛びして、死ねば、弥勒お先御免と、極楽へ往って、仏になるのだ」ということです。
  これを聞いた聖道諸宗の者たちは、「自分たちは、肉食妻帯もせず、上に上がろうと、一段一段、修行して、それでも中々上がれなくて、苦しんでいるのに、51段高飛びして、死ねば弥勒より先に極楽へ往って、仏になると言っているのは、気違い沙汰だ」としか思えません。それで、「親鸞の言っていることは、おかしい、間違いだ」と非難攻撃してきました。
  しかし、親鸞聖人は、智者や学者、また、聖者が、非難攻撃してきても、微動だにもしないどころか、反撃されています。親鸞聖人の素晴らしさを知って頂きたいと思います。
  智者や学者どころか、一般の人から非難攻撃されても信心が崩れる人があります。「自分は信心決定した」と言って、喜んでいたけれど、布教師の話を聞いて「信心が崩れた」と言った人もあります。人の言葉で崩れるような信心では真実の信心ではないです。どんな人の言葉でも、また、智者や学者から、非難攻撃されても、微動だにもしないのが、金剛心です。

◎家庭の中からも、火の手

  親鸞聖人の御一生、といっても、親鸞聖人が真心徹到されたのは29才で、90才でお亡くなりになっておられますが、親鸞聖人は、90才でお亡くなりになるまで、非難攻撃を受けられています。親鸞聖人の御一生をよく知っておられる方はおわかりと思いますが、親鸞聖人が84才の時に、50才の長男の善鸞を義別されています。義別とは、親と子の縁を切るということです。それで、親鸞聖人は、「自分の子供も導くことができんのか」と非難攻撃を受けられました。これは、死なれるまで、非難攻撃を受けました。
  親鸞聖人は、いろいろな非難攻撃を受けられましたが、「自分の子供も導くことができんのか」という非難攻撃、これほど苦しまれたものはなかったと思います。権力者、また、聖道仏教の僧侶、また、その教えを信じている者、洛都の儒林、お友達の三百八十余人から、非難攻撃を受けられましたから、せめて家庭の中でも、仲良くしていたいと、小さくまとまるのが、普通の人です。しかし、親鸞聖人は、真実の仏法をねじ曲げる者をそのままにしておくことができなかったので、84才の時に、50才の善鸞を義別され、家庭の中から、火の手が上がりました。ですから、親鸞聖人は、死ぬまでお一人でした。しかし、親鸞聖人は、微動だにすることはありませんでした。

◎微動だにもしない信心

  また、初地以下の聖者から非難攻撃されても、微動だにしません。親鸞聖人は、実際に、初地以下の聖者から、非難攻撃されましたが、微動だにもしませんでしたし、反撃されていることは、すでに述べた通りです。
  次に、初地以上十地以下の菩薩に、「お前の信心は間違っている、助からん」と非難攻撃されても、微動だにしません。初地以上十地以下とは、41段以上で50段以下の人、こういう人は菩薩といわれますが、こんな高いさとりをひらいた人は、地球上には、いません。龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)と、天親菩薩のお兄さんの無箸菩薩(むじゃくぼさつ)だけです。他にいません。いないですが、そんな方から非難攻撃されても、微動だにしません。
  また、報仏、化仏、仏さまが非難攻撃してきても、微動だにしません。これは、仮定ですが、仮に仏さまが、「お前の信心は間違っている、助からないぞ」と非難されても、微動だにしません。それは、「私は、あなた方諸仏に助けられたのではありません。あなた方の先生である阿弥陀仏に助けられましたから、あなた方から、何を言われても、ニコッと笑って、どうぞお帰り下さいということができます」ということです。仮定ですが、仏様から、非難攻撃されても、お釈迦様から攻撃されても、そんなことはありませんが、微動だにしないのが、金剛心です。

◎心を弘誓の仏地に樹て

  四重の破人から、非難攻撃されても、微動だにもしないのが、金剛心です。どうして四重の破人から、攻撃されても、微動だにしないのか、親鸞聖人は、どこに立っておられたのか、『教行信証』の中に教えられています。

  心を弘誓の仏地に樹(た)て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し

  非常に綺麗な文章です。「心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す」ということですが、親鸞聖人の信仰は、どこにたっておられたのか、それがわかりますと、親鸞聖人の言動を納得することができると思います。親鸞聖人の信仰は、どこにたっておられたのかというと、「弘誓の仏地」です。
  「弘誓の仏地」ということですが、「弘誓」とは、阿弥陀仏の本願のことです。阿弥陀仏の本願の相手は広いので、「弘誓」と言われています。親鸞聖人は、29才の時に、阿弥陀仏のお約束通りに救いとられました。阿弥陀仏のお約束通り救いとられるとは、阿弥陀仏の本願と一体になるということです。それを親鸞聖人は「心を弘誓の仏地に樹て」と言われています。このことを覚如上人(かくにょしょうにん)は、このように言われています。

  本願や行者、行者や本願 (執持鈔)

  「行者」とは、阿弥陀仏の本願に救いとられた人です。「本願や行者、行者や本願」とは、阿弥陀仏に救いとられますと、阿弥陀仏の本願と一体になるということです。ですから、二つであって、一つということです。

◎弥陀の本願まこと

  歎異鈔第2章に、関東から命懸けで、京都におられる親鸞聖人に会いに行った同行のことが書かれています。どうして関東の同行は、命懸けで、京都の親鸞聖人に会いに行かれたのかというと、善鸞と日蓮の大法謗があったからです。日蓮は“念仏無間”と叫びました。念仏無間とは、“念仏称えたら、地獄に堕ちる”ということですが、それが本当なら大変です。また、善鸞が、“秘密の法文がある”と言いだしたので、関東の同行は「親鸞さまが今まで教えられたことは、間違いありませんか」と確かめようと思いました。それで、命懸けで、京都の親鸞聖人に会いに行き、親鸞聖人に今まで教えられたことは間違いないのか、問いに行きました。
  その関東の同行に対して、親鸞聖人は、このように答えられました。

  弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せ、そらごとならんや。法然の仰まことならば、親鸞が申す旨、またもって虚しかるべからず候か(歎異鈔第2章)

  まず親鸞聖人は、「弥陀の本願まこと」と言われています。別のところでは「誠なるかなや」と言われていますね。「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ」のところです。「誠だった、誠だった、弥陀の本願まことだった」と言われています。
  親鸞聖人の土台は、「弥陀の本願まこと」です。親鸞聖人にとって、弥陀の本願ほど、ハッキリしたものはありません。一方、関東の同行は、どうだったかといいますと、関東の同行は、“親鸞聖人のお言葉”、“親鸞さま”が、土台になっています。親鸞聖人が一番ハッキリされた方で、弥陀の本願ほど、あいまいなものはありませんでした。ここが、親鸞聖人と、関東の同行の違うところです。
  親鸞聖人の土台は、「弥陀の本願まこと」です。「弥陀の本願まことだから、弥陀の本願を教えられた釈尊の説教に間違いがないんだ、釈尊が説かれたことはまことだから、釈尊の教えをそのまま教えられた善導大師に間違いがないんだ、善導大師が教えられたことがまことだから、善導大師を尊敬しておられた法然上人の教えに間違いがないんだ、法然上人の教えがまことだから、法然上人の教えをそのまま教えている親鸞の言うことに間違いがあろうはずがない」親鸞聖人はこのように言われています。
  しかし、関東の同行は、“親鸞聖人は、間違いのない方だから、親鸞聖人が尊敬しておられる法然上人に間違いはない。また、法然上人が尊敬しておられる善導大師に間違いはない。そして、善導大師が尊敬されたお釈迦様に間違いがあるはずがない。だから、お釈迦様がただ一つ教えられた弥陀の本願に間違いがあるはずがない”と思っています。親鸞聖人と、関東の同行は、逆になっているのです。
  親鸞聖人は、「弥陀の本願まこと」、これが土台になっています。ですから、仮に、親鸞聖人がウソをつかれていたにしても、「弥陀の本願まこと」は崩れません。仮に、大乗経典はお釈迦様が説かれたのではなく、他の人が書いた嘘っぱちだったということが、科学的に証明されたとしても、少しも崩れません。関東の同行ですと、もしこの中の誰か一人でも、ウソをついているとなったら、弥陀の本願が崩れてしまいます。親鸞聖人は、弥陀の本願まことが土台ですから、お釈迦さまがウソをついていたことがわかったとしても、「そらごとたわごとですからね」と、ニコッと笑って、「どうぞ」と言うことができます。
  人の言葉で、崩れる信心ではありません。弥陀の本願まことですから、阿弥陀仏の本願と一体になっていますから。救われる一念で阿弥陀仏の呼び声を聞きます。その一念は、私と阿弥陀仏の直談判です。阿弥陀仏と私の直接のお約束なんです。私と阿弥陀仏の間に、人は介在しないんです。お釈迦様も入りません。入れないんです。私と阿弥陀仏の直接のお約束なんです。
  ですから、四重の破人から、非難攻撃されても、微動だにしないんです。弥陀の本願から、親鸞聖人の言動は出ています。親鸞聖人は常に、「阿弥陀仏の本願はこうだそ」と始められています。「難思の弘誓は、難度海を度する大船」というお言葉もそうです。阿弥陀仏の本願は、難度海を明るく楽しく渡す大きな船であると教えられています。親鸞聖人の言動は、阿弥陀仏の本願から出ています。それを「念を難思の法海に流す」と言われています。親鸞聖人の言動は、阿弥陀仏の本願から流れていきます。
  「深く如来の矜哀を知りて」とは、如来とは、阿弥陀如来のことです。阿弥陀仏の御恩の深いことを知らされて、ということです。「良に師教の恩厚を仰ぐ」とは、阿弥陀仏の本願を伝えて下された善知識の御恩を仰がずにおれない、ということです。「慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し」とは、慶喜がいよいよ増し、阿弥陀仏の御恩の重さが知らされる、ということです。
  それで、親鸞聖人は、四重の破人から、非難攻撃を受けられても、微動だにされませんでした。だから、「真心徹到した親鸞は、金剛心になったんだ」と言われています。「真心徹到した親鸞は」というと、親鸞聖人だけのことと思いますので、「真心徹到したひと」は、金剛心になるんだと言われています。
  ここでは金剛心ということについて徹底して話をしました。冒頭の御和讃の後半部分は、別の機会に説明したいと思います。
(END)

 
 
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