燃える言葉(1)
 
 

●身体より老いた心など持つな!流れゆく時に逆らって泳げ!自分の殻を突き破れ!
生温い日々に流される者たちよ、俺だけは違う!身を切って生きる、つまづいた痛
み、バネにして歩け!

●この苦しみの道、しかしこの道だけが苦しみを知らざる世界に通じている。

●青年とは自分の殻に閉じ籠っていくものではなく、自分の殻を次々と破っていくべ
きものである!

●辛い、厳しい、倒れそうにあるのを踏ん張っている人生を歩くのが嫌な人間は同時
に生き甲斐ある人生もあきらめろ!

●いつまでもウジウジしていると、いざ、という時に立ち上がれない。自分との戦い
に燃えることの出来る男になってみよ!

●プロになる鍵はどこまで地味な努力が出来るかにある!派手に見えれば見えるほど、
裏で地味な努力をしているのが、あらゆる世界のプロの世界なのである!

●楽に生きようなどど考えているなら、やれるものならやってみな、と言いたい!楽
に生きられる人生なんてどこにもない!

●“俺が世の中を変えるのだ!”という意気込みが君にあるか!自分の肉体、頭をギ
リギリまで使って生きなければ、人より秀でることは出来ない!そのためには燃え
る闘志が必要なのだ!

●俺たちは生まれながらにして偉いのではない!全力でぶつかり、失敗しても、それ
でも立ち上がっていく!失敗しても、しかしまだまだ、くたばらない!
俺には夢があるんだ!言いたいことは前向きでチャレンジしていけば、幸福を人
より何十倍かの確率で掴むことが出来る、ということだ!

●でっかい夢をもって燃えてみろ!と言いたい。生きる、ということは逃げないこと
だ!まして約束を破って逃げる、とは男、いや人間ではない!

●ハンディを糧として生きることが出来るか否か、ここに人が人たりうるかどうかが
かかっている!俺だけではない、みんなハンディを背負って人生をやっているのだ!
ならば、ハンディ大歓迎だ!かかってこい!俺の力で倒してやろうではないか!

●苦しければ苦しいほど燃えた!君よ、闘え!闘いに燃えよ!闘い、つまるところ自
分との闘いだ!これに燃えることが出来たら、何をやっても楽しいし、何だって出
来るような気がする。楽をしようなどと考えない!汗を流すことを厭わない!コツ
コツやることが馬鹿らしく思えなくなる!燃えて生きることはこんなにも素晴らし
いことだ!燃えて生きよ!燃えよ!とことん燃えてみろ!

●男は自分の血を流して自分の人生を作り上げる!人に嘲られて、やめるようでは小
さい、小さい!

●若者よ!なぜ燃えない!燃えて燃えて火柱が天に届く位の生き方をなぜしない!自
分の体で、頭でたった一人の自分をめい一杯燃やせ!それが若さだ!それが生の証
だ!とにかくぶつかるのだ!そして1ミリでもいい、前に進め!夢に近づけ!

●失敗というのはお金に変えられない財産だ!失敗や成功なくして心からの喜びは得
られない。惨めであればあるほど、明日の成功が輝いてくる!

●苦しみの中から立ち上がれ!俺のような過激な生き方をしてみよ!燃えて燃えて滓
すら残らないような激しい燃え方をしてみよ!

●いくら倒されて起き上がればいい!一目を気にして生きて、何の人生だ!限界など
ない!あるのは限界を口癖にしている自分だけだ!

●“俺が世の中を変えるのだ!”この公益性をもった使命感、私を燃えさせるものだ
った!燃えるということは、こんなにも素晴らしいことだ!
燃えて生きよ!何度でも声を大にして言うことが出来る!そうしなければ駄目に
なってしまうと思うからだ!燃えよ!とことん燃えよ!

●俺がやると、他の誰がやるよりも光るというものを見付け出せ!一時の恥を逃れる
ために一生の恥を背負い込むな!

●チャレンジのない人生なんて抜け殻の人生だ!やれるところまでやる!いけるとこ
ろまでいくのだ!ぶっ倒されたら起き上がって、やれるところまでやるのだ!次に
もぶっ倒されたら、また起き上がればいいではないか!常に限界などないのだ!

●俺達は軽々しく限界なんて言葉を口にすべきではない。倒してみろ!起き上がって
やるさ!いくら倒されても起き上がればいいではないか!という気構えをもて!打
ちのめされながら、それでも蘇ってやる!と拳を震わせよ!
つまり俺が言いたいのは『また立ち上がってやる』という精神力を失うな!とい
うことだ!自分で限界という線を引くと限界が出来てしまう。そんなものを考えず
にいけるところまでいって、また立ち上がればいい!
突き進め!立ち上がる度に人は一回り大きくなる!

●その瞬間、瞬間に自分を燃え尽くすことが出来て、初めて努力も実れば、次の高い
目標へと進むことができる。物事を成し遂げるためには努力するなど当たり前であ
る。一生懸命に努力し、立ち向かいながらも『俺のやっていることは当たり前のこ
となのだ』と思え!すると当たり前のことをやっているのだから、今一つ伸びない
のは当然だ!人と違った努力をしなければ、とあれこれ工夫をするようになる、こ
の工夫が大切である。

●燃やせ!自分を燃え尽きさせよ!不完全燃焼するから滓が出る。燃えて燃えて滓の
残らない生き方をしてみよ!才能などというちっぽけなものにしがみつくな!
やる気にならないと、どんな素晴らしい才能を持った奴でも伸びはしない!

●ギンギンに燃えに燃えて、滓も灰も残らぬほどの激しい生き方をしてみよ!

●チャレンジ一杯の毎日を送っていれば、身も心もドン底になる、ぶっ倒れる、もう
駄目だ、と人生をやめたくなる。だがそういう人は決してギブアップなどしない。
なぜなら夢があるからだ!夢を持て!でかければでかいほどいい。大風呂敷を広げ
ておさまりがつかなくなってみよ!やらざるを得なくなるではないか!

●夢を持てば燃えられる、燃えられれば、どん底にも耐えられる。過激ということは
立ち止まらないことだ!過激になれ!どん底の時こそ、超過激に生きねばならない!

●若者よ!もっと自分を主張せよ!自分を主張するから燃えられるのだ!自分のギン
ギラギンの人生があるのだ!若さとは、青春とは、そういうもののはずだ!
君よ、闘え!立ち止まるな!いつまでも闘い続けよ!ボロボロになったって、ガ
タガタになったっていいではないか!

●進め!ひたすら進め!燃え上がれ!そうすることが俺達、夢を持った若者の生きざ
まだから。

●若者よ!人生を長く厳しい旅であると感じ始めた若者よ!その力、その若さ、その
すべてをかけて悔いのないものを求めて彷徨う若者よ!青春の彷徨は時として美し
く、時として哀しい。
若者よ!求め給え!人生を照らす一つの明りを!そして完全燃焼の人生を!その
力、その若さ、その全てを懸けて悔いのないものを今こそ、求め給え!

●やるでなく、やらんでないような人はたとえ、百年、千年求むるとも、遂に救われ
ることはない!

●短い人生だからこそ、力一杯輝きたい!だからこそ年中休みなく完全燃焼すべきで
ある!難しいからこそ、男が命を懸けるのに相応しい価値がある。これに挑戦する
ことは男の本懐、醍醐味といえるではないか!

●動けなくなったとき、声が出なくなった時が休暇だ!一大事を志す者ならば、泣き
言、弱音は禁句!

●一座の聴聞をおろそかにする者は善知識の血肉を食らい、後生に泣く者である!

●実力の差ではなく、とてつもない夢を描き、その実現を信じ込んで、それに向かっ
て徹底した全力投球の行動の結果である!

●成功への道は能力によってではなく、徹底した行動によって拓けるのです!

●命を懸けるには命の懸け方がある!命を懸けるに値する目的がなければならない!

●精神の鍛練というか、自分の気持ちを大きなものにしておくには、絶えず環境に注
意しなければならない!

●自分の心に負けず、夢を追いかけてゆくことが姿勢を変える心です!

●臨終は早くなっても遅くならない。自分の臨終は信心決定していない限り、悲惨な
もの。人間にとって最悪の事態に立たされたとき、仏法以外、残るものはない!

●衣食住の安定が自分を生かすのではない、真実の言葉こそ、自分を生かす一本道と
深信して進まなければならない。聴聞中心の生活こそ、勝利への道!

●『四面楚歌の声すれど屈せざるはこれ男子、信じて行えば天下一人といえども強し』
これは日露講和談判に出発する小村寿太郎に対して、杉浦重剛が餞別として送った
言葉である!

●人間形成も厳しい環境が良い結果を生むことが多い!『貧子は困苦に当たって己を
鍛練し、富子は安逸に流れ己を柔弱にする』批判の的に立って『何くそ今に見てお
れ!』という秘めた闘志が根性を養い、不屈の信念を培い、己を向上させる。その
期間が長ければ長いほど、人間を大成させる。

●金や名誉や財産と心中するのはこの世限りだ、無量寿の南無阿弥陀仏と心中しよう!

●虹鱒よ!身重の身体で川をさかのぼり、ほとばしる命を見せてくれるか!苦しくて
も息切れても泳ぐしかない。打ちのめされ、傷ついても進むしかない!

●一瞬のうちに過ぎ去る人生をどう生きるべきか、苦しむことに変わりがないなら、
報われる苦しみに身を沈めなければならない!

●エゴイズムと無気力は現代の二大悪であろう。だが両方とも人生を幸福にはしない。

●その人に近付くとピリピリしたものを感じる。燃えているものを感じる。そう言わ
れるようでなければ命懸けとは言われぬ!

●本気を出しそびれて臨終に泣くか!本気を出し切ってぶっ倒れて命果てるか!仏法
者の選ぶべき道はハッキリしている。何事も体当たり精神でぶつかり、決して最後
まであきらめない。

●若いときから角がとれてたまるか!信念をぶつける熱血漢、君も魂を燃やせ!

●迷った人間は迷ったことしか考えられない。

●言いっぱなし、やりっぱなしは求道者ではない!

●無責任な人間は求道者として失格!

●楽しみを求めるようになったら、世の中すべて苦しみばかり、自分に楽しみを求め
る心が出てきたら堕落の始まりだと思え!

●戦場の伝令は弾に当たってでも、這ってでも使命を果たさねばならない。その必死
の使命感が自らの自由を束縛してでも、全身全霊をそのことに集中させる。その決
意と使命感こそが人生にとって最も大切である。

●使命感のない人生というのは自分が好きなように生き、自分勝手に誰にも干渉され
ずに生きる人生である。難しいこと、苦しいことは避ければよい。できるだけ楽に
五欲を満足させながら生きればよい。
だがそこで我々は死刑囚であることを忘れてはならない。いつの日にか、必ず死
刑執行に直面する。隠れても閉じ籠っても、必ず青天の下に引き摺り出され、過去
久遠劫よりの罪状を一つ一つ読み上げられるのである。

●聴聞の一本道を歩き始めた以上は途中で脱落することなく、最後まで求めて欲しい。
いや求めなければならないのがこの道です。人生は趣味や娯楽じゃない。性に合わ
ない、しんどい、というおかしな人がいるが最も大切な問題、人生の目的をなおざ
りにする人間は何をやっても駄目だし、社会に出ても通用しない。結局、後からこ
そこそと人について、何の自信もない、ちっぽけな人間になってしまう。ちっぽけ
なことに時間を費やすのも一生、どうせなら、どでかいものに全力をぶつけてほし
いと思う。

●真実の仏法は若さと情熱がなければ、求め切ることも伝え切ることも出来ない!

●世間の若者は五欲に身を焦がし、無謀な暴走を繰り返している。その中にあって我
々同志だけは違う!我々は真実を知らされたからには真実に向かって暴走するのだ!

●スランプで立ち上がれないのは、立ち上がろうとしないからである。もう駄目だと
考え方がマイナスになっているからだ!
スランプで挫折するのは心の中に甘えがあるからだ!

●幸福は与えられるものではない、努力した者だけが血みどろになって獲得するのだ!

●人生を怠惰に生きるものは絶対の幸福はおろか相対の幸福をも掴み得ない。

●若者は即実行に出る!それが若さです!

●人の真価は如何に多く知るかに非ず、如何に多くのことを実行するかである!

●若いとて末を遥かに思うなよ、命は脆い草の露。

●名利に疲れ、静かなるいとまなく、一生を苦しむこそ愚かなれ!

●善知識とは私達が命としているものと、後生の一大事との二者択一を迫る人に他な
らない。この厳しい試練を突破せねば光明の世界は開かれないのだ!

●人生は決してただ平穏無事に生きるだけが能でない!自分の生命を一つのことに注
ぎ込んで苦闘した時、そこから何かが生まれる!

●窮すれば転ず、転ずれば通ず、誠意をもって当たれば必ず道は開ける!

●道を誤らせるものの最たるものの異性の恐ろしさは思いがけぬ事態に進むところに
ある。平静時、肝に銘じておくべきことは有頂天と逆境の時こそ要注意であること
を。沈んでも卑屈にならず、浮かんでも奢らず、の自己をコントロール出来るもの
が難関をくぐり抜け、着実に前進する者である。常に地獄と極楽の岐路に立たされ
ていることを知るべきである。

●自己にまかせず、もっと一日を大切にし、自己に最大限に挑戦していかねばない!

●一度きりの人生ではないか!真実を求め、邪を打ち破り、激しく燃えようではない
か!阿弥陀仏の本願まことをこの身体で証明するのだ!
浄土真宗の教えはその体当たりに応えてくれる教えである。

●一つのところに踏む止まり、常識に縛られていては新たな飛躍など出来るはずがな
い。誰でも目の前にチャンスはいくらでも転がっているのだ!それを掴むか、掴ま
ないかが、人生の分かれ道である。だからこそチャンスを信じて、徹底して行動す
ることによって新たなる人生を切り開こうではないか!

●成功への道は能力ではなく、やれば出来ると信じて行動することだ!その燃えるよ
うな情熱と寝る暇も惜しんで真実開顕に邁進するバイタリティー!何事をやるにも
要はヤル気と行動力である。まずます闘志を燃やして目的に向かって進もう!

●信念のある人とは徹底した行動をした人といえる。信念があると色々な誘惑や非難、
迫害に打ち勝つことができる。

●命を賭けるには命の賭け方がある。昔から信念の人といわれた人は皆、桁外れた行
動力の持ち主である。野口英世やリンカーンが信念の人と言われたのは彼等が自分
の理想や目標とするものに向かって徹底した行動の持ち主であったからである。勝
利への道は全力投球以外にはない。自分の可能性に精一杯挑戦せよ!

●人に追い込まれる前に自分で自分を追い込め、自分でやるのだ!恥ずかしい思いを
何度も体験し、その悔しさを忘れるな!狂ったように精魂込めて一つのことに打ち
込め!命を賭けるのだ!

●今晩とも知れぬ我が身の死を忘れて、呑気に構えて臨終にあわてふためくものは一
体、誰か!仏法者は臨終の覚悟で聴聞しなければならないのだ!

●平生、無病の者は医者を疎遠にする。病身な者は時々挨拶をしたりして疎遠にはし
ない。後生の一大事に心のかかっている人は自ら如来に近付き疎遠にならぬもので
ある。三宝恭敬の如何が後生の一大事をどれだけ心にかけ、求めているかを示す!
五濁の灯炬となれ!

●人が呑気にしているのは死に対決していないからである。もし君が今、死に立つ時、
一体、何があるというのか!

●我々の悪業の身に襲い来るものは何か!身の毛いよだつような不安と恐怖、疑惑、
暗黒、凍り付くような孤独感、それしかない!安心も喜びもない!これが現在の因
である。これでも未来の果に無関心でありうるか!

●薔薇に棘があるように外面菩薩で内心夜叉、糞に箔を塗って喜んでいるのが我々の
相ではないか!

●一大事を忘れた聴聞はどれだけ千座万座聞いても駄目だということが分からんのか!

●顕正とは我利我利亡者の自己の本性と戦って自利々他の菩薩行の実践である!自己
愛を捨てて、他を愛する利他行に徹していかねばならない!

●我々は行動力、精神力、そして徳育の面で他の学生を大きく引き離している。それ
は人生の目的を伝える使命を持つ我々にとっては当然のことかも知れない。

●浄土真宗の危機は全人類の危機!これを深く自覚して、月々火水木金々の徹底的な
破邪顕正を忍耐強く燃える闘魂で展開するしかない!

●生きるということは死から逃れようとする悲しい戦いである。しかも負けることが
決まっている絶望的戦いである。忘れていても意識していても死は近寄って来る。
過ぎた一日は二度と返っては来ない。二度とない日々をどう過ごせばいいのか!

●信心決定に向かって何事にも激しくならなければならない。

●濁り切った五欲に沈み切っている、くだらん女のために一生を棒にふる男、五欲の
ために命を捨てる者ばかりである。阿弥陀如来はそんな君を一人助けんと常にかか
りどうしである。

●自分の魂は自分で責任を持て!他人は魂の面倒までは見てくれない!

●学生にしても、男にしても女にしても、何に血眼になっているかと見れば、それぞ
れの仲間の噂、評判などに明け暮れている。道俗ともにいかにして仲間の噂をよく
するか、評判をあげるのに日夜、窮々としている。
このことで人より一歩先んずるために命を懸けている。気がつく頃には娑婆の終
り、臨終である。否、気がつかず、狂い咲きのまま、他を率いる者も浮かれている
者も奈落の底へまっしぐらとなり果てるのである!
大使命を持つ若き親鸞学徒諸君よ!自ら幸福だと虚勢を張っている人の化けの皮
にメスを入れよ!他人を気にしている世の母親に覚醒のメスを入れよ!誤った宗教
観を持っている知識人、常識人の偽宗教のレッテルをはぎ取れよ!弥陀大悲の願力
は諸々の人の虚業、偽りをドン底から取り除き、物知り顔の智者学者の心の中に大
革命を起こさせて給う。

●私達の生命はたかが50年乃至100年である。その間、いかに自己を歪め、自己
欺瞞に生きていることか、また名利では通れぬ後生の大関所があるのだ!自分の本
当の心からの願いを問い正し、真実開顕を急ごう!臨終では遅い!

●後生の一大事の解決とは両手両足が切断されても聞きたい、その決死の覚悟が絶対
に必要です!

●真実なるが故に反対され、真実なるが故に又、強し!真実を叫んで何が悪いか!胸
を張って進もうではないか!

●信頼を受けた者には信頼に応える義務がある!

●悲しきかな人の世の旅、幸せは過去の思い出、愛するものとは別れ、求むるものは
やがて失う。作られたものは壊れ、生れたるものはやがて死にゆく。人生という旅
が終わるとき、たった一人、その旅人は何思う!

●確かに信心決定という最高無上の楽果はこの世のどんなものを獲ることよりも難し
い、しかし絶対に出来ないことではない。それどころか出来るからこそ、親鸞聖人
の御教えが全人類の光となるのだ!最高無上の幸せを獲ることが出来るのであるが、
それには最高無比の精進がなければならない。しかも続けなければならない。
誰でも思い立つことは出来る。そして何日かは続ける人もある。しかし決勝点に
辿り着くまで続ける人が少ないから難中の難になってしまうのだ。
『初心忘れるべからず、初志貫徹すべし』を合い言葉に一度決めたことはとことん最
後まで守り抜こうではないか!

●徳を身につけることを嫌い、行学を軽く見て、頭だけの合点、求道で進める二河白
道ではない!

●後生の一大事の前にはどんな理由も情けも通用しない!

●『大菩提心おこせども自力かなわで流転せり』と親鸞聖人は獲信までの求道の厳し
さを教えておられる。ともすれば壁にぶち当たると一時の怒り、苦しみで求道を断
念するものが多い。あたり一面、累々たる屍の山ではないか、我々は幾千の屍を踏
み越えて、最後は一人になってでも求め抜かねばならない!

●千丈の堤も蟻の一欠から、一人一人の気の緩みから全体の士気を鈍らせ、ひいては
真宗再興という我々の一大使命の好機を逸することになる。我々、各自の心に一大
鉄鎚を加え、再度、目的の大きさと重大性を自覚すべきである!

●人生はすぐ終わってしまう、何をすれば生きた証となるのか!
わが青春の懸けどころ!

●21回猛士之墓、吉田松陰の墓碑にはこのように刻んである。彼は21回の猛を発
することを生涯の目標にしたという。その一つがペリー来航の際、鎖国を破っての
海外渡航であった。国内の危機を唱える憂国の士は多けれど、死罪を覚悟で海外へ
渡り日本を救おうという者はいなかった!
また高杉晋作はわずか80名で兵を挙げ、幕府の大軍をことごとく打ち破って見
せた。後年、伊藤博文は『動けば雷電の如し、発すれば風雨の如し』と彼を評して
いる。彼等のその断固たる行動は多感な青年達の血を沸かせ、その波紋は全国に及
んだ!
やがて使命に燃えた青年たちの手によって日本は新しい時代を迎えるのである。
幕末、この激動の時代を生きた志士たちの眼中には生も死もなかったであろう。た
だ自分の選んだ道に自分を燃焼させることが生きている証であった。
“信ずるままに生きる!”こういう生き方に憧れながら多くの人は何事もなく生涯
を閉じる。それは命を懸けても信じてよいものが見付からないからであろう。
どれだけ信じても絶対に後悔のないもの、真実を知らされた我々こそ、本当の幸
福者である!
累々たる屍の上に明治の夜は明けた!しかし時代が過ぎれば、尊王も攘夷も倒幕
も時間の塵に埋もれてしまう。我々の真実開顕の戦いは龍華の御代まで繰り返され、
永遠に光彩を放つ!ここにこそ、今、我々は青春の全てを懸けねばならない!

●仏法は体験の世界、その道を進むには行学しかない。そして行学には継続こそ肝要。

●学生の陥りやすい欠点は頭だけのカラ回りの求道である。それを是正するためには
行学を徹底して実践する!

●金も地位も名誉ももぎ取られる後生。我々に残された時間の全てを懸けても懸けて
も懸け過ぎることのない大問題、求めても求めても解決し難い一大事に取り組んで
いることをゆめゆめ忘れてはならない!

●親の恩に報いるためにも一番大切なのは人生の目的をハッキリと掴むことである。
両親の苦労は私達に良い成績や立派な就職口を与えるためにあるのか、もしそれだ
けの結果しか実らせることが出来なければ、あまりにも空しい。一日も早く、大学
へ行かせて下さったからこそ、仏法に巡り合え、人生の目的を達成することが出来
ました。と叫べる身にならねばならない!

●若者の信条は熱と行動力だ!

●ドイツに『夕方になると怠け者は忙しくなる』という諺があるが、臨終を迎えて 
『自分は間違っていた、仏教を求めなければ』と叫んでも、もう遅い。仏法を求める
時はまさに今、しかないのである!
顕正における信念とは?

●仏教は論理的で間違いのない教えです。だからどんな人でも話せば納得してもらえ
るはずです。相手が動こうとしないのは、まだ納得していないのだから、徹底的に
話し込んでいく。そうすれば必ず動いてくれるという信念を持って話す。
とにかく顕正は言葉を伝えるのではない、なんとか聞いてもらいたい、という心
を伝えるものです!

●自信がないのは仏法が自分の生活になっていなかったからだ!生活即求道が身につ
き、実践されていなければ、どうして自信を持って真実を叫ぶことが出来るだろう
か、それ故、自分の反省も含めて、新入生に焦って、一度に多くのことを分かって
貰おうと思ってはならない。同じ事を基礎となる土台を何度も話してあげることが
大切!

●いくたびも思い定めて変わるらん、たのむまじきはわが心かな

●宝の山に入りながら、素手で帰ろうとしている馬鹿者がいる。あれをしてから、こ
れが終わってからと仏法を軽んじ、滓の時間で間に合わせようとしているのがそれ
である。我々の魂は知った、分かったでは解決できないひねくれ玉である。

●一年は一生の縮図というが、さすればこの一月が一年の縮図、今日の一日が今月の
縮図、今の一時間が今日の縮図ではなかろうか。今の一刻一刻に全力を出し切らな
かったら、それは後悔の一日、後悔の一月、後悔の一年、後悔の一生となることは
火を見るよりも明らかである!

●“青春”非常にさわやかな言葉である。しかも無限の力を秘めているようでもある。
まさに人生最良の時である。いかなる苦難に遭おうとも、それを弾き返すエネルギ
ーを持っている。真実を受け止め、真実を求め、真実に生きる我々の姿はまさに青
春が身体からはじけている!
今死ぬと思うにすぎし宝なし
心にしめて常に忘るな  

●人生の目的を今、ハッキリと知った我々が求道していく時に必ず迫られるのが二者
択一である。その時に思い出してもらいたいのがこの言葉だ!何度も聞いてきたこ
の言葉であるが、本当に宝とは思えなかったこの言葉、しかし今ではどんな言葉よ
りも光を放つ。将来の岐路に立たされ、進むべき道が分からず、暗闇の中でもがい
ていた自分にハッキリと進路を示してくれたのが『人は今、死ぬとも知れない』と
いうこの言葉だった!人間は必ず死ぬ、それも今晩とも知れない命、ならば今のよ
うな求め方で今晩の後生の一大事に間に合うのか!この言葉によって導かれ、今や
人生最高の道を進むことになった!もしあの困惑の中でこの言葉を忘れていたら、
今の自分はなかったと思うと、一層光を放つ!我々は忘れてはならない。今、死ぬ
という真理を!この真理こそ正しき道へ我々を導いてくれる宝物であるということ
を!

●『現状維持は後退である』元巨人監督の王の言葉である。彼はいう。『自分の回り
の若い選手たちは日に日に技術が向上していく。その彼等と互角に戦って、それ以
上の成績を上げる為には現状維持では追い付けないと。さすが、というべきか、し
かし人生の目的を知り、それを求めている我々こそ自戒すべき言葉である。昨日と
同じ自分に甘んじていないか!現在の自分を常に否定して、一歩一歩、絶対の幸福
に向かって進むべきである。着実に鬼瓦の頂上に向かう蝸牛のように。

●人の一生は夢幻の如しで、どんなに変化に富んだ人生でも終わってしまえば、わず
かな間の悲喜こもごもの夢芝居を見ていたとしか思えない。
あのおもちゃが欲しいと泣いてせがんだ幼年時代、日が暮れるのも気付かず遊ん
だ少年時代、異性に目覚め、にきびの中に顔がある青春時代、そしてやがて社会人
として、結婚して夫として妻として……。生まれてから死ぬまで人間は夢を旅して
いる。いくつかの駅を過ぎ、様々な風景を見て、たくさんの人と出会う。一体、人
はどれ程の夢を本物として、この手で掴むことが出来るのだろうか。
金、財産、地位、名誉、結婚……。しかしそれらの全ては最後には何のあて力に
もならず、ただ生きたという足跡にしかすぎない。ふりかえれば、燦然と輝いてい
た栄光は夢幻の露となり、山積みされた希望は、あてのない憧れと化してしまう。
されば夢の又夢と泣いて死んだ秀吉のように、わずかな人生を酔生夢死で終わら
せては絶対にならない!
絶対の幸福とは?

●『絶対の幸福というのは言葉にかからない世界です。釈尊は45年間、絶対の幸福
の世界を説き尽くそうとされて、一切経にまでなり、それでも説き尽くせなかった
と仰有っています。親鸞聖人は「〜に非ず、〜に非ず」と教行信証に14回も使わ
れ、不可称、不可説、不可思議と仰有っています。どんな世界を想像しても違って
いますし、言葉にかからない世界である。その点、どんないい方をしても間違いに
はなりませんが、絶対の幸福の世界ではありません。それよりも自信を持って絶対
の幸福のあることを断言することです。自分が現にこんなになったんだ、というほ
ど具体的なものはありません。そこに何かを感じて貰う、相対から絶対への橋渡し
しかありません!』

●二者択一、善知識は難題を要求する。背水の陣の心構えでなければ真実は聞こえな
いからだ!

●真実を知らされた者ならば、他人に伝えずにおれないのが、この法なのである!

●『倒れても叫ぶよ、倒れても叫ばなければ』倒れても倒れても、なお力尽きるまで
我々のために叫び続けて下さる善知識の御苦労を思えば、文句は言えない。いかに
苦しい戦いでも善知識の御苦労の比ではない。残された人生を真実開顕に費やせた
ら仏弟子として本望である!

●目的の大きさを考えれば、これで良いということはない。向上心のないものに未来
はないと教えられる。我々はやがて水泡となる苦労を求める人々の中にあって必ず
報われる苦しみに身を置くのである。結果よりも過程を重んずる部員になって貰い
たい!

●後生の一大事の解決を求める我々に甘い求道が許されるはずがない!二者択一のギ
リギリの戦場をくぐり抜けねば、無礙の一道へは出られない!かの47士は妻子も
恋人も投げ捨て、吉良上野之介の白髪首に命を懸けている!

●言葉だけの顕正は真の顕正ではありません。我々自身の真実に情熱を傾けた行動こ
そ、真の顕正なのです!

●回天の大事業は一夜にして完遂出来るものではない!たゆまぬ努力の結晶である!
高山を眺めて溜め息をついている暇があったら、一歩一歩足を動かすことだ!小さ
な一歩でもやがて必ず高山の頂上まで行き着くのだ!

●今我々は真宗の流れを変え、世界を変えようとしているのだ!改革の先陣に立ち上
がるのは常に若者であり、その燃える情熱と断じて行う行動力は世界を変えてきた!

●人生の目的を知った諸君は最高の人格者である。気分が行動の基準になったら、一
体、犬や猫の一生とどこが変わるだろうか。世間は嘘っぱちの連続で、夢幻のごと
く、過ぎてしまう。そして死を前にしてあるのは絶望のみ。今、臨終という人に社
会もへちまもない!

●叩かれねば性根がつかないようでは最低だ!一歩進んで我々は仏の教えによって鞭
影に驚かねばならない。無常の鞭に打たれてからでは手遅れだ。打たれた時は次の
世界で泣き泣き業を果たさねばならぬではないか!

次へ

 
 
  トップ    説 法    真宗聖典    仏教資料    仏教講座    連 絡