五日目 アリとキリギリス

 
 

ヒロ:前回は、死について話をしましたが、覚えていますか?

サトシ:はい。

ヒロ:分かってもらえましたか?

サトシ:うーん。一応分かったんですけど、結局どうしたらいいんですか?

ヒロ:そうですね。そこが一番知りたいところですよね。じゃあ、どうしたらいいか、ある童話を通して考えてみたいと思います。イソップ童話の「アリとキリギリス」は知っていますか?

サトシ:はい。

ヒロ:どんな話でしたか?

サトシ:えーっと…

ヒロ:たぶん小学生のとき以来だと思いますので、一度、読んでみましょう。

あついあつい夏の日のこと。
アリさんたちは、寒い冬にそなえて、一生懸命はたらいていました。

ヒロ:もう、日焼けして真っ黒。

サトシ:もともと黒いんじゃないですか…

あついあつい夏の日のこと。
アリさんたちは、寒い冬にそなえて、一生懸命はたらいていました。

みんなで力をあわせて食べものをはこぶアリさん。

トンネルを頑張って掘りすすめるアリさん。
みんなみんな、それは一生懸命はたらいていました。

そんなある日、1ぴきのキリギリスさんが、草かげで楽しそうに
歌を歌っていました。

「アリさんアリさん。何で君たちはこんなにあつい夏の日に、
そんなに汗水たらして働いているんだい?」

キリギリスさんは、アリさんをこばかにしたような感じで言いました。

「何を言うんだ、キリギリスくん。今のうちに働いておかないと、
すぐに寒い冬がくるんだよ。きみも歌を歌うのはほどほどにして、
少しは食べものでも運んでおいた方がいいよ。」

「ばかだなぁ。だからこそ、今のうちにやりたいことを
一生懸命やっているんじゃないか。
冬になったら、好きな歌も歌えなくなるんだよ。君たちこそ、
今のうちにやりたいことをやっておかないと後悔するよ。」

そう言うと、キリギリスさんは、また歌い始めたのです。

アリさんたちは、さらに働きつづけます。

「みんなで力を合わせたおかげで、仕事も早くおわったね」
「これで暖かい冬をすごせるね。」
「よかった、よかった。」

やがて、夏はさり、秋がきて、そして寒い冬がやってきたのです。
冷たい雪のふる中を、ぼろぼろの服を着た、あのときの
キリギリスさんが、おなかを空かせてさまよっていました。

「さむいよ〜、おなかがすいたよ〜」

そのとき、キリギリスさんは、一軒の家を見つけたのでした。

「あ〜、あたたかそうな家だ…。あそこに行って、何か食べるものを、めぐんでもらおう…。」

窓から中をのぞいて見ると、あのときのアリさんたちが、
たくさんのご馳走を前に、楽しそうにパーティーを開いているでは
ありませんか。

「ごめんください。おなかがすいて死にそうなんです。おねがいです。何か食べるものをめぐんでくれませんか?」

「おやおやキリギリスくん。君はあのとき、何て言ったんだっけ?
好きなことばかりやっているから、そういうことになるのさ。」

そう言われたキリギリスさんは、夏の日に歌ってばかりいたことを後悔し、大きな涙をながしましたとさ。


ヒロ:ここでアリさんがキリギリスさんを助けてあげるのは日本だけで、他の国では、餓死したキリギリスさんがアリさんに食べられてしまうんですね。

サトシ:リアルですね。

ヒロ:「アリとキリギリス」の話は初めて聞きましたか?

サトシ:いえ、知っています。

ヒロ:この話は普通、未来のことを考えて、今から準備をすることが大事ですよ、と言うときによく使われますね。

サトシ:そうですね。

ヒロ:私たちにとって、100%確実な未来は死ぬことです。しかも最も嫌なものが死ですよね。だから季節にたとえると冬みたいなものなんです。

サトシ:はい。

ヒロ:つまり、死をこの冬に譬えると、キリギリスさんは、最後、死んでしまうということは分かっている。だから、それまでの間、自分のやりたいことを一生懸命やったら、死んでも悔いがないと思っている人になりますよね。

サトシ:そうですね。

ヒロ:それに対してアリさんは、やがて来る死に備えて準備をしている人をいうんです。

サトシ:はい。

ヒロ:つまり、この死の問題を放っておくわけにはいかないから、やりたいこともあるけど、我慢しているんですね。

サトシ:そうですね。

ヒロ:そして、いつ死が来てもいいように、まず、この死の問題の解決に取り組んでいる人が、アリさんということになりますよね。このことは分かりますか?

サトシ:はい、一応。

ヒロ:では、キリギリスさんとアリさんの、どちらの考えが正しいですか?

サトシ:やっぱり、キリギリスさんは最後に後悔しているから、アリさんが正しいんじゃないですか?

ヒロ:そうですね。確かにアリさんの方が正しいですよね。でも、考えてみてください。キリギリスさんは、別に怠けていたわけじゃないんですよ。

サトシ:はあ…。

ヒロ:やがて冬がきたら、好きな歌も歌えなくなる。だから、夏のあいだに好きな歌を一生懸命歌ったら、冬がきても悔いがないと思ったんですよね?

サトシ:そうですね。

ヒロ:君だって、精一杯好きなことをやったら、つまり一生懸命生きたら、死んでも後悔しないって思いませんか?

サトシ:うーん、言われてみればそうですね。

ヒロ:じゃあ、キリギリスさんの気持ちも分かりますよね。

サトシ:そうですね。

ヒロ:だけど、キリギリスさんは、最後に後悔してますよね。

サトシ:はい…。

ヒロ:キリギリスさんは最後に後悔するって分かるけど、やっぱり、君だって今、楽しいことが出来たらいいと思わない?

サトシ:思います。

ヒロ:そうそう、そんなアリさんみたいに、やりたいことを我慢して、時間をさいてまで、死の問題に取り組むことなんてできないよね。これって今を犠牲にしていることになるでしょ?

サトシ:そうですね。

ヒロ:だから、そんな嫌な死のことなんて考えないで、今を楽しく、明るく生きていった方がいいと思いませんか?

サトシ:はい、思います。

ヒロ:だから、どちらかといえば、キリギリスさんの気持ちの方がよく分かるんじゃないですか?

サトシ:うーん。まあ、そう言われると、そうですね。

ヒロ:うん。じゃあ、そうやって楽しくやっている間に、冬が来たら、キリギリスさんはどうなったの?

サトシ:後悔しています。

ヒロ:じゃあ、このキリギリスさんの後悔って、どんなことに対しての後悔なんですか?

サトシ:何だと言われても…。

ヒロ:さっきも話しましたけど、キリギリスさんは、夏の間、好きな歌を歌っていたことを後悔したんですね。「アリさんの言う通りだった。こんなことになるなら、冬の準備をしておけばよかった。」って後悔しているんですね。

サトシ:そうですね。

ヒロ:だけど夏の間は、アリさんから「冬の準備しなくていいんですか?」と言われても、「冬が来るからこそ、今、やりたいことを一生懸命やっているんだ」って、自分の考えが正しいとしか思えなかったんです。

サトシ:はい。

ヒロ:ということは、キリギリスさんが冬になって知らされたことは、夏の間、思っていたことと違っていたんですね。つまり、夏の間は好きなことを一生懸命やったら、冬が来ても後悔しないって思っていたのに、実際に冬が来ると、夏の間、好きなことをやっていたことを後悔しているんですね。

サトシ:そうですね。

ヒロ:キリギリスさんは夏の間、好きなことができたら後悔しないって思っていたんだけど、これって頭では間違っていると分かるでしょ?だけど、実際には、君もそうなってないかな?

サトシ:そうですね。

ヒロ:じゃあ今のまま死の準備をしないで、毎日が過ぎていったら最後どうなるの?

サトシ:最後は後悔すると思います。

ヒロ:じゃあ、君は、最後はキリギリスさんみたいになってしまうけど、それでいいのかな?

サトシ:うーん。よくありません。

ヒロ:でも、それでも好きなことやって死ねたら、悔いないって思いませんか?

サトシ:うーん、やっぱり後悔すると思います。

ヒロ:そうだよね。後悔しますよね。だけど、こうやって話を聞いていても、そばで楽しそうに遊んでいる人を見たら、「いいなぁ」って思いませんか?

サトシ:はい、思います。

ヒロ:ということは、やっぱりキリギリスさんの方がいいなあ、って思っていることにならない?

サトシ:いえ、キリギリスさんは最後に後悔しています。

ヒロ:でも、スポーツとかで活躍している人を見たら、あの人の人生って輝いているなあ、あんな人は充実している人だし、満足して死んでゆけるんじゃないかって思いませんか?

サトシ:はい、思います。

ヒロ:じゃあ、キリギリスさんの生きかたの方がいいと思っていることになりますよね。

サトシ:…はい。

ヒロ:そのキリギリスさんは最後、どうなりましたか?夏の間、あんなに輝いていたから、冬が来ても、「俺の人生は満足だった」って、なったかな?

サトシ:
いえ、なっていません。後悔しています。

ヒロ:この後悔って、何に対する後悔ですか?

サトシ:夏の間、好きなことをやっていたことに対する後悔です。

ヒロ:でも、夏の間、あんなに輝いていたのに、後悔してるの?

サトシ:はい。

ヒロ:だけど、キリギリスさんは、別に寝ていたわけじゃないんでしょう。好きなことを一生懸命やっていた。だから夏の間は、人生が輝いていたんじゃないかな。それでも、冬が来たら後悔するんですか?

サトシ:そうですね。

ヒロ:でも、それまで楽しかったから、良かったんじゃないですか?冬が来るのは仕方ないんだからとアキラメて、それまで楽しく、充実できれば、最後は後悔しても、それまで楽しかったのだから、良かったと言えるんじゃないですか?

サトシ:それもそうですね。

ヒロ:だから、冬のことなんか考えずに、今だけでも明るく楽しく生きていた方がいいんですよね?

サトシ:うーん。それも違う気がするんですけど…。

ヒロ:確かに、これではアキラメの人生になってしまいますよね。

サトシ:はい。

ヒロ:もし、死の問題に対して解決の方法が無いならば、キリギリスさんの生き方は正しいと言えると思いますよ。だけど、解決の方法があるから、こうやって話をしてるんです。

サトシ:そうなんですか?

ヒロ:もしできないなら、こんな徹底的に話すこともできないでしょ?話せば話すほど暗くなるんだから。

サトシ:それもそうですね。

ヒロ:だから、この死の問題は解決できるし、結論から言えば、それが人生の目的なんです。つまり、生きている間にどうしてもやらなければならない目的なんですね。

サトシ:なるほど。

ヒロ:だけど、解決しなければならない問題だと知っていながら、キリギリスさんみたいに、「そんなこと考えないで、今を明るく生きてゆけばいいんだ」ってやっていたら、最後どうなりますか?

サトシ:死ぬときに後悔しますか?

ヒロ:そうですね。しかも、ただの後悔じゃないでしょうね。だって、その気になれば解決できたんですから。どうして解決しておかなかったんだろうって後悔すると思いますよ。

サトシ:そうですね。

ヒロ:じゃあ、死が来るのを忘れて、今だけでも楽しければいいんだって、好きなことに夢中になっていることを何て言いますか?

サトシ:…分かりません。

ヒロ:これを「ごまかし」って言うんですね。この間も言いましたけど、ちょうど、借金を抱えた人が、その不安を今だけでも忘れようとお酒を飲んで気持ちよくなっているようなものなんです。

サトシ:はい。

ヒロ:お酒を飲んで酔っ払っている間は、気持ちよくなっていても、やっぱり借金は残っているでしょ。だから、酔いがさめると、また不安になって飲まずにおれないように、私たちもどんなに楽しいことをしていても、自分の行く先を考えると、何とも言えない寂しさというか、不安が起きてくるんですね。

それが、以前にも紹介した「むなしさの心理学」の

「私の(僕の)人生ってこんなものなのかな」
「このままずっと続いていって、それで終わってしまうのだろうか」
「こんな毎日のくり返しに、いったいどんな意味があるというんだろう」

こんな心のつぶやきも、その一つなんです。
だから私たちは、死のことを考えないように、何か楽しいことをして、今を明るくしようとしているんですね。

サトシ:うーん、そうですね。

ヒロ:つまり、キリギリスさんの人生は、冬が来るのは仕方ないとアキラメていたんです。そして、今さえ楽しければいいんだと思って、冬のことを考えることから逃げているだけなんですね。

サトシ:なるほど。

ヒロ:そういえば、こんな資料があるから読んでみて下さい。色々な書評にも取り上げられて、話題になった本です。

(資料19)

ふだん、仕事に夢中で家に帰らなかったり、面白いことを見逃さないように
いつも楽しいことや、珍しいものを探したりしています。

それが当たり前で、それこそ充実した生き方だと思っていました。

ところが、そういう生活をしている人は、死への態度から見ると、
バリバリの「死から逃げている人」なのでした。

「死が分からないのではなくて、死から逃げていた。」

死を教わったことがない。見たことがない。死が近くない世の中に住んでいる。

実のところ、そういったことが死がわからない原因だと思っていたのです。

でもほんとうは、単に自分がわかりたくなかっただけなのかも知れません。

「死はそれまでの人生が、津波のように襲ってくる。」

死を前に、その人の中のあらゆることが凝縮するのだといいます。

死と向き合うというのは、結局、自分の生き方と向き合うことのようです。

大和書房「死にカタログ」(寄藤文平 著)


ヒロ:ここにも、
「仕事に夢中で家に帰らなかったり、面白いことを見逃さないようにいつも楽しいことや、珍しいものを探したりしています。それが当たり前で、それこそ充実した生き方だと思っていました。」
とあるでしょ。これって、好きなことができたら満足できると思っていたキリギリスさんの生き方と同じじゃないですか?

サトシ:そうですね。同じですね。

ヒロ:普通は、これこそ充実した生き方だと、みんな思っていますよね。でも、実は、ここにも書いてあるように、単に死を考えることが嫌だから「死から逃げていた」だけなんですね。だから、今、好きなことができたら、死んでも悔いがないとキリギリスさんは勘違いしていたわけです。

サトシ:はい。

ヒロ:だけど、「死と向き合うというのは、結局、自分の生き方と向き合うこと」だと書いてあるように、自分の生きてきたことが本当に良かったのか、悪かったのか、満足できるのか、それとも後悔に終わるのか、それは、死と向き合って初めて分かることなんですね。

サトシ:はあ…。

ヒロ:つまり、今、自分は一生懸命生きているから、死んでも悔いがないと思っていても、それは今、思っているだけであって、本当に悔いがないかどうかは、死と向き合ってみなければ分からないんです。

サトシ:なるほど。

ヒロ:だから、死から逃げていたキリギリスさんは、死がやってきたときに後悔しているんですね。だけど、それは死と向き合って初めて分かることだから、それまでは一生懸命生きたら、死んでも悔いがないはずだと、自分の考えが正しいとしか思えなかったわけです。

サトシ:つまり、アリさんにならなければいけないということですね?

ヒロ:そういうことです。

サトシ:じゃあ、どうしたらアリさんになれるんですか?

ヒロ:そこが大事なところですね。アリさんもキリギリスさんも、冬が来ることは分かっていたんです。だけど、とった行動が全然違っていましたね。この違いはどこから来たんでしょうか?

サトシ:えーっと…。

ヒロ:まず、キリギリスさんのことは分かりましたか?

サトシ:はい、分かりました。

ヒロ:じゃあ、次はアリさんですね。実は、キリギリスさんは気づいていなくて、アリさんだけが気づいたことがあったんですけど。それが何だか分かりますか?

サトシ:えっ?アリさんだけが気づいたことですか? …うーん。分かりません。

ヒロ:今までの話で、キリギリスさんは、死が来ることは分かっていたけど、そんな嫌な死を考えることから逃げて、不安な心を好きなことをしてごまかしていた。そういう人生を送っていたことは分かりましたよね?

サトシ:はい、分かりました。

ヒロ:じゃあ、それが分かったら、キリギリスさんはアリさんみたいになれるんですか?

サトシ:分かったら、アリさんみたいになれると思いますけど…。

ヒロ:じゃあ君は、今の生き方を変えてまで、死の準備をしようと思う?

サトシ:うーん。そこまでは思えません。

ヒロ:そうでしょ。キリギリスさんはごまかしの人生だと分かっても、やっぱり、アリさんにはなれないんですね。ごまかしだと分かっていても、やっぱり、やらずにはいられないものなんですね。

サトシ:はあ…。

ヒロ:つまり、アリさんが気づいたことは、ごまかしの人生を送っているということだけではないんですね。

サトシ:じゃあ、アリさんは何に気づいたんですか?

ヒロ:それは、君の心に聞いてみたら分かりますよ。

サトシ:えっ!? そう言われても分からないんですけど…。

ヒロ:じゃあ、聞くけど、キリギリスさんは死がやがて来ることは知っていたけど、そのことを真面目に考えていましたか?

サトシ:いえ、考えていませんでした。

ヒロ:そうですね。考えていなかった。それって、死の問題を、今、考えるのが嫌だから、先送りしていることになりませんか?

サトシ:そうなりますね。

ヒロ:じゃあ、先送りにしていたら、最後、どうなるの?

サトシ:先送りにしたまんま、死んでしまいます。

ヒロ:そうですよね。死の問題を先送りにしていたら、そのまま臨終が来て、手遅れになってしまう。だから、この問題を先送りにしていてはいけないんですね。

サトシ:はい。

ヒロ:それに、問題を先送りにしていたら、何とも言えない不安な心になりますね。例えば、冷たいものを飲んだときに、なんか奥歯がしみるんですよ。で、鏡でのぞいてみたら、ちっちゃい黒いものがチラッと見えたんです。

サトシ:虫歯ですか?

ヒロ:でも、僕って小心者だから、分かっていても、歯医者さんのあのウィーンという音が嫌で行けなかったんですね。そんなときって、何かこう、不安にならない?

サトシ:なりますよね。

ヒロ:そうそう、だから、これは虫歯じゃなくて、ノリか何かだと思って、あとは考えないようにしたんです。だけど、冷たいものを飲んだらしみるから、なるべく温かいものを飲むようにしたりしてね。

サトシ:何となく、分かります。

ヒロ:そのうち虫歯のことなんて忘れてしまったんです。すると不思議なもんですよね。虫歯かも知れないって思っているうちは、甘いものをひかえたり、歯もゴシゴシと磨くんだけど、いつの間にか、甘いものもガバガバ食べているし、歯も磨かなくなるんですよ。

サトシ:そうですね。

ヒロ:ところが、あるとき食事してたら、急にその歯が痛みだしてね。びっくりして鏡で見たら、あの黒い部分が大きくなっていたんです。間違いなく虫歯なんですよね。こりゃ歯医者に行かなくちゃいけないって、さすがに思いましたよ。

サトシ:それで行ったんですか?

ヒロ:いやいや、行かなかった。

サトシ:行かなかったんですか?

ヒロ:いや、歯医者に行かなきゃいけないってことは分かるんだけど、気が重くてね。そうは思いながら、今はテスト勉強が忙しいから、部活の大会が近いから、友達との約束があるから、体調が悪いからって色々と理由をつけて、後回しにしてたんですね。君もそういう経験ない?

サトシ:ありますね。

ヒロ:そうでしょ。これって頭では分かっているんだよね。歯医者に行かなくちゃいけないって、でも、いつか行こうと思って、色々な言い訳をつくって後回しにして結局、行かなかったんだね。

サトシ:それでどうなったんですか?

ヒロ:初めは、反対の歯でかんで食事をしてたんだけど、あるとき、どうにも歯が痛くて眠れなくなって、やっと歯医者に行ったんです。だけどもう手遅れで、痛くて痛くて、「どうしてこんなことになる前に行かなかったんだろう」って、後悔しましたね。

サトシ:いやー、分かります。

ヒロ:まあ、これは虫歯のことですけど、私たちって何かやらなきゃいけないことがあっても、それが嫌なことだと、そのうちやればいいんだって、色々な言い訳をつくって、結局、後回しにしない?

サトシ:そうですね。

ヒロ:これって死についても言えるんじゃないかな?

サトシ:はあ…。

ヒロ:だから、好きなことをやって死をごまかしているだけだと分かっても、私たちは死を考えることが嫌でしょ。だから、今はこれをしなきゃ、あれをしなきゃって、自分に言い訳をして、そのうち考えるからいいやって、死を考えることを後回しにしてしまうんですね。

サトシ:確かに、その通りですね。

ヒロ:そうそう、そうやって後回しにしておけば、とりあえず今は安心でしょ?いつか考えるんだから。

サトシ:そうですね。

ヒロ:じゃあ、今はそうやって安心しているけど、いつ真面目に考えるの?大学時代?それとも、社会に出たら?これから、どんどん忙しくなりますよ。

サトシ:そうですよね…。

ヒロ:ただでさえ、死なんて暗い問題、考えたくもないのに、忙しくなって、やらなければならないことが増えたらどうなるの?
それこそ、忙しくてどんどん後回しになりませんか?

サトシ:確かに後回しにしてしまいますね。

ヒロ:そうでしょ。だから、解決しなきゃいけない問題だと頭では分かっていても、とりあえず、今はこれをしなければならないからと後回しにして、どんどん時間だけが過ぎてしまうんですね。

サトシ:なるほど。

ヒロ:しかも、死の問題は、大学受験みたいに、この日が試験だって決まっていないでしょ。

サトシ:決まっていないと何か違うんですか?

ヒロ:これが大学受験なら、この日が試験だって決まっているから、どんなに勉強が嫌で考えたくなくても、試験が近づいてきたら、考えざるをえないでしょ。だけど、いつ死ぬかは分からないじゃないですか。

サトシ:はい。

ヒロ:ということは、ひょっとしたら今日死ぬかもしれないってことにならない?

サトシ:そうですね。

ヒロ:だけど、まさか今日死ぬことはなかろうって、死ぬのはまだまだ先だと思ってるでしょ?

サトシ:はい、思っています。

ヒロ:だから、いつか死なねばならないと分かってはいるけど、まさか今日や明日に死ぬことはなかろうって、結局、死を考えることから逃げてしまうんですね。

サトシ:うーん…。

ヒロ:しかも、いつ死ぬか決まっていないから、今日は死なない、まだまだ死なないだろうって、どれだけでも死を先送りにできるでしょ。

サトシ:はい。

ヒロ:そうやって、死ぬのはまだまだ先のことだから、今はまだ考える必要はないって、安心しているんですね。だけど、そうやって先送りしていったら、どうなりますか?

サトシ:そのまま考えずに死んでしまうということですか?

ヒロ:そう。しかも頭では、死の問題を解決しなければならないって分かっていながら、臨終が来てしまうんですね。

サトシ:確かに…。

ヒロ:それって、悲劇だと思いませんか?

サトシ:そうですね。

ヒロ:つまりキリギリスさんは、今日や明日、死ぬわけじゃないんだから、今はまだ考える必要はないし、歳がいったら嫌でも考えるから、それからでも遅くはないって、気楽に考えていたんですね。

サトシ:はい。

ヒロ:じゃあ、そのキリギリスさんが本当に死に驚くときっていつですか?

サトシ:臨終ですか?

ヒロ:そうですね。じゃあ、その時にあわてふためいて間に合うの?

サトシ:間に合いません。

ヒロ:そうですね。キリギリスさんは、そのうち何とかすればいいだろうって思っていたんですけど、そう思っている間に、臨終が来てしまうんですね。そしてもう駄目だとなってから、はじめて慌てるんです。でも、そうなってからでは手遅れでしょ。

サトシ:分かりました。アリさんが気付いたことは、そこなんですね?

ヒロ:鋭いね。キリギリスさんは、死ぬのはまだまだ先だから、今はまだ考えなくていいと、気楽に考えていた。だけど、そのまま臨終を迎えてしまうなんて夢にも思っていなかったんですね。これは分かりますか?

サトシ:はい。

ヒロ:だけど、アリさんはそのことに気づいたんです。つまり、私たちは、死ぬのは先のことだから、そのうち考えればいいって、今は安心してますけど、そのまま、臨終が来てしまう。

サトシ:はあ…。

ヒロ:そうなってはじめて、慌てふためいて、うろたえるのが私なんだと気づいたんです。だけど、臨終に驚いていては手遅れでしょ。

サトシ:そうですね。

ヒロ:だから、今、解決しなければならないと思ったんですね。それで、アリさんはやりたいこともあったけど、我慢して死の準備をしたわけです。

サトシ:なるほど。

ヒロ:これでアリとキリギリスの話は分かったかな?

サトシ:一応、分かったんですけど、結局その死の準備って、どうすればいいんですか?

ヒロ:いい質問ですね。

サトシ:今日はそれが聞けると思っていたんですけど。

ヒロ:これは次回のお楽しみなんです。

サトシ:本当に死の解決なんてあるんですか?

ヒロ:ありますから、心配しないで下さい。次回は、そのことを詳しくお話したいと思いますから。

サトシ:分かりました。

 

 

 死ぬまで、死ぬまい、と思っている。
臨終まで、なんとかなれる、と思っている。
もうだめだ、と知ったとき、始めてうろたえる。
それでは手遅れだ。
聞きぬこう。

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