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ヒロ:この間は、「1リットルの涙」を通して話をしましたけど、ここ何年かで1番話題になったドラマと言えば…?
サトシ:「白い巨塔」ですか?
ヒロ:そうですね。唐沢寿明、良かったですねえ。こういう見ごたえのあるドラマは最近なかなか無いでしょう。
サトシ:はあ…
ヒロ:この作品がドラマ化されたのは4回目だそうですけど、視聴率もダントツだったから、聞いたこと無いって人はいないんじゃないですかね。
サトシ:実は見てないんですが…
ヒロ:うーん、そうですか…。ストーリーを全部話すと長くなるんですが…。主人公の財前五郎(ざいぜんごろう)という医者が、大学病院の権力争いを勝ち抜いて、ようやく教授になるんです。
サトシ:はい。
ヒロ:ところが、ある患者の肺ガンを、単なる炎症だと誤診してしまうんですね。部下が検査しましょうと言うのも聞かないで、肺炎と決め付けて、抗生物質を与えるよう命じてしまうんです。
サトシ:で、どうなったんですか?
ヒロ:抗生物質でガンが治りますか?
サトシ:治りませんね。
ヒロ:それで患者が死んでしまって、遺族から訴えられてしまうんですね。何とか隠蔽しようとしたんですけど、結局、裁判に負けて、しかも本人も肺ガンになって死んじゃうんです。
サトシ:悲惨ですね。
ヒロ:まあ、本人がガンで死んだのは仕方ないとして、誤診された方はたまったもんじゃないですよね。だけど現実にも、こういうことは結構あるそうなんですよ。
サトシ:そうなんですか?
ヒロ:千葉大の医学部の調査では、少し古いですけど、1980年の肺ガン誤診率は20.4パーセントとなってます(資料13)。まあ、今はもっと良くなっていると思いますけど…
サトシ:どんなふうに間違うんですか?
ヒロ:他の場所にガンの原因があったとか、肺炎や肺結核と間違えたとか色々あります。
サトシ:へーっ。
ヒロ:原因を間違えてしまったら、どうなりますか?
サトシ:治せないですね。
ヒロ:そうですね。病気は治らないし、無駄な治療ばかりやることになってしまいますね。
サトシ:はい。
ヒロ:だから、原因を正しく知るということが大事なわけです。
サトシ:そうですね。
ヒロ:この前は、苦しみの原因は何かという話をしましたけど、覚えていますか?
サトシ:一応…
ヒロ:今日は、その続きを話ししたいと思います。
サトシ:はい。よろしくお願いします。
ヒロ:まず、私たちは目の前の嫌なこと、例えば大学受験とか、入学したらレポートとか、テストとか、そういう嫌なことが終わったら、楽になれると思って頑張ってますけど、楽になれるのはその時だけ。すぐに次の嫌なことがやってきて、苦しまねばならないんですね。
サトシ:はい。
ヒロ:そのことを何と言いましたか?
サトシ:「有無同然」ですか?
ヒロ:そうですね。ここで大事なことは、目の前の苦しみを乗り越えたら、今よりも楽になれるとしか思えないところなんですね。
サトシ:はい。
ヒロ:でも、これって考えてみると不思議だなぁって思いませんか?
サトシ:えっ、どうしてですか?
ヒロ:だって、いつか幸せになれると信じてますけど、何か根拠ってあるの?
サトシ:いえ…。ありません。
ヒロ:そうでしょ。別に幸せが待っているなんて確証はどこにもないのに、そう信じてますよね。
サトシ:確かに、そうですね。
ヒロ:じゃあ、なぜ幸せになれると思えるのかな。何の根拠もないのに信じてるんですか?
サトシ:うーん…
ヒロ:おかしいですね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:なぜですかね?
サトシ:そう言われても、分かりません。
ヒロ:じゃあ、そこから考えてみましょう。
サトシ:はい。
ヒロ:私たちは、生きるためには目の前の苦しみを乗り越えなければならないですね。
サトシ:はい。
ヒロ:じゃあ、そうやって苦労して乗り越えたのに、その先に苦しみが待っていると思ったら、乗り越えようと思いますか?
サトシ:とても思いませんね。
ヒロ:うん。そう思ったら、とても乗り越えられないですね。でも、生きるためには、やっぱり目の前の苦しみは避けて通れないでしょ。
サトシ:はい。
ヒロ:ということは、もし目の前の苦しみを乗り越えることに、意味が無いと思ったら、生きてゆけないですよね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:だから、頑張った苦労が報われるとしか思えないんです。
サトシ:なるほど。
ヒロ:それで無意識のうちに、「こうやって頑張っていれば、いつか幸せになれる」と思うんですけど、そうやって苦しみを乗り越えた先に、実際に幸せってあるの?
サトシ:いえ…
ヒロ:そう、幸せは待っていないんですね。待っているのは、次の苦しみなんです。
サトシ:はい。
ヒロ:そうなったら、「今までの苦労って、結局、何だったのか。」となってしまいますよね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:だけど、今までやってきた苦労が無駄になったとは、とても思えない。そんなこと思ったら、生きてゆけないでしょ。
サトシ:はい。
ヒロ:だから、次の苦しみを乗り越えたら、今度こそ苦労が報われる、楽になれると思って頑張るんです。でも、これって、今までの苦労が無駄になったと思いたくないから、やっているだけなんですよね。
サトシ:そうなりますね。
ヒロ:こうやって最後まで、報われなかったと認められないんです。そう聞いてもやっぱり、いつか幸せになれるとしか思えないでしょ?
サトシ:はい。
ヒロ:だけど、どんなに無駄になってると思いたくなくても、嫌でも分かるときが必ず来るんです。それが死ぬときなんですね。
サトシ:はあ…
ヒロ:そのとき、人生を振り返って初めて思い知らされるんです。「俺は今まで、いくつもの苦しみを乗り越えてきたけど、今までの苦労って結局なんだったんだろう」って。
サトシ:そうなんですか…
ヒロ:認めたくはないけど、これでは、ただ生きるためだけに生きてきたってことになってしまうでしょ?
サトシ:はい。
ヒロ:みんな幸せになるために生きているはずなのに、ただ苦労して苦労して、それだけで人生が終わってしまう。それでは、何のために生きているのか分からないですよね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:では、どうして、そういう人生になってしまうのか。誰も苦しみたいと思って生きている人はいませんよね?
サトシ:はい。
ヒロ:さっきも話したけど、肺ガンを肺炎か何かと誤診されて、一生懸命肺炎の治療していても、肺ガンは治らない。それは、一生懸命やったことが悪かったのではなくて、病気の原因を正しく知らなかったことが問題なんですね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:同じように、私たちも幸せになりたいと思って生きているのに、結局、最後はその苦労が報われずに死んでいかなければならないのは、苦しみの根元を間違えているからなんです。つまり、苦しみの根元さえ分かれば、こんな人生にならずに済むんですね。
サトシ:そうなんですか。
ヒロ:では、私たちの苦しみの根元とは何なのか。このことについて、私たちの先哲がどのように考え、答えを出しているか。まず、そこから見ていきましょう。
サトシ:はい
ヒロ:これもベストセラーになっている本で、「なぜ生きる」という本ですけど、この中に、その苦しみの根元について書かれているので読んでみます。
(資料14)
親鸞聖人は苦悩の真因を、つぎのように説破される。
生死輪転の家に還来することは
決するに、疑情をもって所止となす (『教行信証』)
サトシ:意味が全然分かりませんね。
ヒロ:まあ、この先に解説が書いてありますから、どんな意味なのか、読んでみましょう。
まず、「生死輪転の家に還来する」から解説しよう。
安心、満足というゴールのない円周を、限りなくまわって苦しんでいるさまを、「生死輪転」とも、「流転輪廻」ともいわれる。家を離れて生きられないように、離れ切れない苦しみを「家」にたとえられている。「人生の終わりなき苦しみ」のことである。
ドストエフスキーはシベリアで強制労働をさせられた体験から、もっとも残酷な刑罰は、「徹底的に無益で無意味」な労働をさせることだ、と『死の家の記録』に書いている。監獄では、受刑者にレンガを焼かせたり、壁を塗らせたり、畑をたがやさせたりしていたという。強制された苦役であっても、その仕事には目的があった。働けば食料が生産され、家が建ってゆく。自分の働く意味を見いだせるから、苦しくとも耐えてゆける。
しかし、こんな刑を科せられたらどうだろう。
大きな土の山を、A地点からB地点へとうつす。汗だくになってやりとげると、せっかく移動した山を、もとの所へもどせと命じられる。それが終わると、またB地点へ……。意味も目的もない労働を、くり返し強いられたらどうなるか。受刑者は、ドストエフスキーが言うように「4、5日もしたら首をくくってしまう」か、気が狂って頭を石に打ちつけて死ぬだろう。「終わりなき苦しみ」の刑罰である。
だが、人間の一生も、同じようなものだとはいえないだろうか。
1万年堂出版 「なぜ生きる」 (明橋大二・伊藤健太郎 著)
ヒロ:ここに、A地点からB地点、B地点からA地点へと、大きな土の山を果てしなく動かす話があります。
サトシ:はい。
ヒロ:夏の暑い日に、こんなことやれって言われたら、どうですか?
サトシ:絶対に嫌ですね。
ヒロ:時給1000円ならどう?
サトシ:うーん、やっぱり嫌です。
ヒロ:しかも、やっとの思いで動かした山を、もとの所へ戻せって言われたら、「ふざけんな!」って思いますよね。
サトシ:はい。
ヒロ:私たちにとって、辛いことって色々ありますけど、苦労が報われないというのは、本当に耐えられないですよね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:私が小学生の頃、漢字の練習の宿題があって、それがすごく嫌だったんだけど、そういうの君の学校もありました?
サトシ:はい、ありました。
ヒロ:やらないと叱られるんで、必死に書いて終わらせたんだけど、大変なことに気付いた。
サトシ:何ですか?
ヒロ:やるページを間違えた…。
サトシ:ありゃ。
ヒロ:泣く泣く消しゴムで消す虚しさといったら、あの苦労は何だったんだ。しかも、消しゴムが引っかかって、ノートが破けたりする…。
サトシ:最悪ですね。
ヒロ:たかだか30分か1時間、字を書いた苦労が無駄になっただけでも結構つらいのに、この場合は山を動かす重労働。しかも、延々とやらなきゃいけないとなったら、気がおかしくなるのも分かる気がしますね。
サトシ:はい。
ヒロ:ところがその後に、驚くことに、「人間の一生も同じようなものだ」と書いてあるんですね。つまり、この土の山を動かす話と、私たちの人生が同じ、と。
サトシ:うーん。
ヒロ:こんな無意味な苦労の連続と、私たちの一生が同じだって、そんな風に思えますか?
サトシ:そうは思えないですね。
ヒロ:そうですね。やっぱり、思えないよね。いや、思えるはずがないんです。そんなものが人生だと思ったら、とてもやってられないでしょう。私だったら、とっくに自殺してると思いますよ。
サトシ:はあ。
ヒロ:じゃあ何で、ここで私たちの人生と、この土の山の移動が同じだと書いてあるのかな。ここに書いてあることがおかしいのかな?
サトシ:そんなこともないと思いますが…。
ヒロ:そうですね。やっぱり、ここで同じだと書いてあるのは、それなりに理由があるからですよね。そこで、少し話を整理してみましょう。
サトシ:はい。
ヒロ:まず、私たちは、なぜ自分の人生が無意味だと思えないんでしょうか?
サトシ:えーっと。なぜなんでしょう?
ヒロ:それは、当たり前のことですけど、自分のやっていることには意味がある。そう思っているからじゃないかな。だって、一生懸命勉強していることも、将来仕事について働くのも、好きなことに時間を使っていることもすべて、無意味とは思えないでしょ?
サトシ:はい。
ヒロ:それに、一生懸命やればやるほど、自分がやってきたことが無意味だなんて、もう思えない。そうじゃないかな?
サトシ:確かにそうですね。
ヒロ:もし、どんなことをやっても自分の苦労が報われない、無意味だと思ったらどうなりますか。この土の山の移動みたいに、4、5日もしたら自殺してしまうのも分かると思いませんか?
サトシ:はい。
ヒロ:じゃあ、次に、なぜ私たちの人生がこんな無意味な労働の繰り返しとなるのか。その理由について、次に書いてありますが、長くなりますから、少し休憩します。
(休憩)
ヒロ:私たちの人生が、なぜ無駄な苦労の連続になるのか、ということについて話をしていました。では、続きを読んでみましょう。
(資料14)
「越えなばと 思いし峰に きてみれば なお行く先は 山路なりけり」
病苦、肉親との死別、不慮の事故、家庭や職場での人間関係、隣近所とのいざこざ、受験地獄、出世競争、突然の解雇、借金の重荷、老後の不安……。
ひとつの苦しみを乗り越えて、ヤレヤレと思う間もなく、別の苦しみがあらわれる。
賽の河原の石積みで、汗と涙で築いたものがアッという間に崩されてゆく。
「こんなことになるとは」予期せぬ天災人災に、何度おどろき、悲しみ、嘆いたことだろう。
「この坂を越えたなら しあわせが待っている そんな言葉を信じて 越えた七坂四十路坂」の歌(都はるみ)が流行ったのも、共感をよんだからかもしれない。
「この坂さえ越えたなら、幸せがつかめるのだ」と、必死に目の前の坂をのぼってみると、そこにはさらなる急坂がそびえている。そこでまた、よろめきながら立ち上がり、「この坂さえ越えたなら」とあえぎながらのぼってゆく。こんなことのくり返しではなかろうか。そんな人生を聖人は「生死輪転の家に、還来する」と言われているのである。
1万年堂出版 「なぜ生きる」 (明橋大二・伊藤健太郎 著)
ヒロ:私たちの人生が、なぜ土の山の移動と同じになるのか。それは、「越えなばと 思いし峰に きてみれば なお行く先は 山路なりけり」と書いてありますね。つまり、ひとつの苦しみを乗りこえても、その先には、また別の苦しみが待っているからなんです。
サトシ:それは分かりますけど、それと土の山の移動と、どういう関係があるんですか?
ヒロ:まず、「越えなばと」っていうのは、人生にはいろんな苦しみがやってきますよね。しかも、さっきも言いましたけど、生きてゆくためには、目の前の苦しみを乗り越えなければならないんです。
サトシ:はい。
ヒロ:ということは、生きてゆくためには、それなりの苦労をしなければならないってことになりますよね?
サトシ:そうですね。
ヒロ:じゃあ、そうやって苦労しても無駄だと思えますか?
サトシ:いえ、思えませんね。
ヒロ:そうですよね。苦労が無駄になると思ったら、やれと言われても出来ないでしょ。だから、今は苦しくても、頑張って生きてゆけば、いつか幸せになれる。そう信じて生きているんですね。
サトシ:はい。
ヒロ:この前、話したことだけど、岩崎恭子さんの話は覚えていますか?
サトシ:はい、覚えています。
ヒロ:岩崎さんで言えば、オリンピックでいい記録が出せれば、幸せになれる。そう信じていたからこそ、厳しい練習にも耐えたんだし、金メダルを取ったときには「1番の幸せです」って言ったんでしょう。だけど実際に、幸せはありましたか?
サトシ:金メダル取ったときは幸せだったんじゃないですか?
ヒロ:まあ確かに、金メダル取ったときは嬉しかったから、そう言っていたんでしょうね。そして、これが幸せの始まりだと思ったんじゃないですか。一瞬だけ喜べれば、あとはどんなに苦しんでもいいと思う人はいないでしょう?
サトシ:そうですね。
ヒロ:だけど、実際は金メダルを取ったことが苦しみの始まりだった。「今度は世界記録を」って期待されるし、みんなからは追われる立場になったわけです。
サトシ:はい。
ヒロ:そういうプレッシャーの中で、高校受験なんかもあって、なかなか記録が出ないんですね。その時の苦しみは「金メダルなんか、とらなければよかった」という言葉からも分かります。
サトシ:はい。
ヒロ:じゃあ岩崎さんが、最初からこんな苦しみを味わうと分かっていたら、一生懸命努力してまで、金メダルを取ろうと思ったかな?
サトシ:それは、思わなかったと思います。
ヒロ:じゃあ、何で岩崎さんは頑張ったんですか?
サトシ:苦しみが待っているとは思わなかったからですか?
ヒロ:そうですね。金メダルをとった後に、待っているのが苦しみだとは思わなかったからですね。だから、頑張ることができたんでしょう。じゃあ、そうやって頑張ってきた岩崎さんの努力って、結局、報われたの?報われなかったの?
サトシ:報われなかった、ですか?
ヒロ:えっ、報われなかったの?だって、あんなに頑張ってきたんですよ。その努力が報われなかったなら、金メダル何のために取ったんですか?
サトシ:何のためって言われても…。
ヒロ:やっぱり、金メダル取ったんだから良かったんじゃないですか?
サトシ:そうですね。
ヒロ:金メダル取ったら幸せでしょ?
サトシ:はい。
ヒロ:…。(^_^;)
サトシ:(^^ゞ
ヒロ:そう思って、岩崎さんは一生懸命練習したんですね。
サトシ:はい。
ヒロ:じゃあ、思っていたような幸せが、待っていましたか?
サトシ:いえ、ありませんでした。
ヒロ:え、そうなの?でも、幸せが待っていると思ったから、頑張ったんじゃないですか?
サトシ:はい。
ヒロ:じゃあ、あんなに苦労して金メダルを取ったのに、それが苦しみの始まりだったとしたら、結局、岩崎さんの努力って何だったの?
サトシ:やっぱり、無駄ですか?
ヒロ:そういうことになりますよね。一生懸命頑張っても、それが無駄になるとしたら、やりきれませんね。
サトシ:はい。
ヒロ:だけど、そう思えなかったから、岩崎さんは頑張れたんじゃないかな?
サトシ:はあ…。
ヒロ:しかも、頑張れば頑張るほど、自分の苦労が無駄になるなんて思えないし、思いたくもない。そうでしょ?
サトシ:はい。
ヒロ:だから、金メダルなんていらないと思うほどの苦しみを味わっても、金メダルを取ったことが無駄だったとは思えなかったんですね。だけど、苦労が報われたかといえば、やっぱり報われていない。
サトシ:うーん。
ヒロ:それで、いつかきっと幸せになれるだろうって、また目の前の苦しみに向かっていったんです。じゃあ、そうやって乗り越えた先に幸せはありますか?
サトシ:ありませんね。
ヒロ:どれだけ苦しみを乗り越えたとしても、やっぱり、待っているのは新たな苦しみだし、今まで積み上げたものを守るためには、さらに頑張らなければならない。つまり、今までの苦労を無駄にしたくないから、前に進むしかないんですよ。
サトシ:そうなんですか。
ヒロ:しかも、こうやって積み上げたものが大きくなるほど、それが崩れるのではないかという不安も大きくなるんです。そんな不安を抱えながら、「幸せですねぇ」って言われても、ちっとも嬉しくないでしょ。
サトシ:そうですね。
ヒロ:だったら、私たちは、「もっと苦しみたい、もっと苦しみたい。」と思って頑張っているようなものじゃないですか?
サトシ:いや、そうじゃないですよ。
ヒロ:うん。でもね、頑張っているのは幸せになりたいからだけど、結果的には私たちの努力って、崩れるまでは不安を大きくするし、崩れたら、その悲しみの傷を深くするんじゃないかな。
サトシ:まあ、確かに…。
ヒロ:だから、死ぬまで苦労して苦労して、結局、報われないまま、人生が終わる、と。
サトシ:なんか悲惨ですね。
ヒロ:だけど、そう聞いても、自分の苦労が無駄なんて思えないですよね。もし、そう思ったら、土の山の移動をさせられた人みたいに、4、5日で自殺したり、気が狂ってしまいますよ。
サトシ:はあ…
ヒロ:だから分かっていても、今までの苦労がいつか報われると信じて、苦しみ続けるんですね。だけど、最後に待っているのは幸せではない。最も悲惨な死、だけなんです。
サトシ:…。
ヒロ:だから、頭のいい人ほど、こういう人生と分かるから、こんな無意味な人生なら死んだ方がマシと思って自殺をしてしまうんですね。実際、「人生不可解」という遺書を遺して、自殺した有名な人もいますよ。
サトシ:へーっ、何ていう人ですか?
ヒロ:藤村操という人だけど、倫理の教科書に載っていたでしょ?
サトシ:取っていなかったんですけど…。
ヒロ:旧制一高って、今の東大の前身だけど、始まって以来の天才と言われていたそうです。
サトシ:すごい人ですね。
ヒロ:その藤村操が、西洋哲学を一生懸命勉強したけど、生きる意味が分からない。結局、「人生不可解」といって、華厳の滝に飛び込んで自殺してしまったんです。
サトシ:そうなんですか。
ヒロ:だから私たちは、人生が無意味だなんて思えないから、こうやって生きておれるんだね。
サトシ:はい…。
ヒロ:でも、そうやって最後、死がやってきて、いったい自分の人生何だったのかと後悔してしまう。これって悲劇だと思いませんか?
サトシ:うーん。だけど、悲劇と分かるのは死んでゆくときですよね。
ヒロ:そうです。
サトシ:それまで楽しく過ごせれば、いいんじゃないですか?
ヒロ:じゃあ、もう一つ例を出すから、考えてみましょう。
サトシ:はい。
ヒロ:君がある所で、美しい女性と出会った。
それは花の香りのする、目のキラキラ輝いた人だった。
君は彼女に一目惚れだった。
君は緊張しながら、
高鳴る胸の鼓動を必死に抑えて告白をした。
「僕と付き合ってください!」
彼女は、恥ずかしいそうに黙って頷いた。
サトシ:そんなにうまくいけばいいんですけどねー。
ヒロ:君は、思い出を作ろうと色々なところへ行った。
ディズニーランドに行った。
ディズニーシーにも行った。
そこで、お互いのことを語りあった。
海に行って、夕日を見ながら、将来のことを語り合った。
サトシ:いーですねー。
ヒロ:そして、結婚の約束をした。
両親にそのことを話すと、結婚資金に使いなさいと、
裏山を売って、1千万円を手渡してくれた。
君たちは喜んで、彼女が銀行に預けるからといって、
その日は別れた。
そして、彼女は君の前から姿を消した…
サトシ:要するに、結婚詐欺ですか?
ヒロ:そう。こういう事件、けっこう多いんですよね。これって最後は裏切られるという悲劇が待っているけど、いい思い出ができたから良かった、と言えますか?
サトシ:言えませんね。
ヒロ:そうですよね。その思い出が素晴らしいほど、裏切られた悲しみも大きくなりますからね。じゃあ、この後、ディズニーランドに楽しく行けますか?
サトシ:行けませんね。
ヒロ:行ったら思い出しますね。ああやって楽しく話していたときも、「この人お金どれくらい持っているんかな」って考えていたんかと思うと、耐えられない。いや、彼女と出会ったのも計画の内だったのかと思うと、よけいに惨めになりますね。
サトシ:確かに…。
ヒロ:だから、どんなにいい思い出を作ったとしても、最後が悲劇だったら、とてもいいとは言えませんよね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:しかも恐ろしいことに、相手に夢中になっている間は、もう自分がだまされているとは思えないんです。
サトシ:はあ。
ヒロ:そうでしょ。もし途中で誰かに、「お前はだまされているんだ」って言われても、「まさか彼女に限ってそんなはずはない」と思って、相手にしないんじゃない?
サトシ:確かにそうですね。
ヒロ:だから、最後、彼女に裏切られるまで、だまされていると思えないんです。同じように、私たちも、死んでゆくときは悲劇ですよ、と言われても、今は平気で聞いておれるんですね。
サトシ:はい…。
ヒロ:だから、やっぱり自分の苦労が報われるとしか思えないんです。そして、いつか幸せになれると思って頑張る。だけど、幸せになれるという根拠なんて、どこにも無いんですね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:じゃあ、なぜ幸せになれると思っているのかというと、こんなに頑張っているのに、それが無駄になるとは思いたくないから。それだけのために、目の前の苦しみに向かっているんですね。
サトシ:はい…。
ヒロ:そうやっていくら求めていっても、最後まで幸せは無いんです。そう何回言われても、そう思いたくないから求め続けるでしょ。やっぱり、こう聞いても報われないって思えないよね。
サトシ:そうですね。
ヒロ:だから、苦労して苦労して臨終に、「俺の人生って一体何だったんだろう」って後悔して去ってゆくわけです。そんな人生を、ここで「生死輪転の家に還来する」って言われているんですね。
サトシ:じゃあ、どうしたらいいんですか?
ヒロ:だから、苦しみの根元を知らなければならないんですね。苦しみの根元を知って、それを解決しなければならないんです。
サトシ:ふーん。じゃあ、苦しみの根元って何なんですか?
ヒロ:それについて、この本には「決するに疑情をもって所止と為す」と書いてあります。
サトシ:そう言われても分からないんですが…
ヒロ:これは、苦しみの根元は、「疑情」一つなんですよ、ということなんです。だけど、疑情って言われても意味が分かりませんよね。
サトシ:はい。
ヒロ:では、疑情とはどういう意味なのか、それが分からないと、解決もできませんので、次回はその意味について詳しく、話をしたいと思います。
サトシ:分かりました。
次へ
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