(2-459)
第七章 重釈要義
第一節 正定聚機
【大意】以上の処で『信巻』は正しく終わりを告げた。即ち広く経論釈の要文を引いて、大信を称説し讃美し、更に要所要所には、釘打つように私釈を下し、終わりに六正を以って一心を結釈し、『止観』の文を引いて心の意義を明らかにせられた。これで『信巻』一部の大綱は正しく終ったのである。これより下は、翻って『信巻』の要義を重ねて解釈せらるしのである。それは横超断四流と真仏弟子と抑止文釈とである。この明かし方は、『行巻』に於いて、重ねて他力と一乗海を解釈せらるると同じである(『第一巻』六六〇頁参照)。
更に之を内容の方面から云えば、上に広く他力回向の大信を述べたから、これより以下は其の大信を正しく機に受得する模様を詳述せらるるのである。即ち横超断四流は、獲らるる信心の徳益を明かし、真仏弟子は、正しく大信を獲得する人を示す。そして抑止の文は、その真仏弟子を裏面より述べたものである。
即ち第一節正定聚機、これに三項あり、第一項横超釈、第二項断四流釈、第三項真仏弟子である。そして各項に広く経釈の文を引き給う。
第二節は抑止文である。これに三項あり、第一項には『涅槃経』を引いて逆悪の機を示し、第二項は私釈、第三項は抑止文釈である。これにて『信巻』は終わりを告げるのである。
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第一項 横超釈
第一科 義釈
言横超断四流者横超者横者対竪超竪出超者対迂対回之言竪超者大乗真実之教也竪出者大乗権方便教二乗三乗迂回之教也横超者即願成就一実円満之真教真宗是也亦復有横出即三輩九品定散之教化土懈慢迂回之善也大願清浄報土不云品位階次一念須臾頃速疾超証無上正真道故曰横超也
【読方】横超断四流というは、横超は、横というは聖道竪出に対す。超というは迂に対し、回に対することばなり。竪超というは大乗真実の教なり。竪出といふは大乗権方便の教、二乗三乗、迂回の教なり。横超というは、すなわち願成就一実円満の真教真宗これなり。また横出あり、すなわち三輩、九品、定散の教、化土懈慢迂回の善なり、大願清浄の報土には、品位階次をいわず、一念須臾の頃〈あいだ〉に速やかにとく無上正真道を超証す、故に横超という。
【字解】一。三輩九品 三輩は自力の願生行者に上中下の三種あること。九品はその一々を三種に頌〈わ〉かち
(2-461)
しもの。三輩は大経下巻の初めのとき、九品は観経に説かる。上一六七頁参照。
二。化土 弥陀の真報土の中の化土。自力疑心の念仏行者はこの化土に生れ、三宝を見ることを得ず。
三。懈慢 懈慢界。『菩薩処貽経』の説に、この娑婆世界を西に去ること十二億那由他に懈慢界あり、その国楽しくして伎楽盛んである。阿弥陀仏の浄土に生まれんする人々の中に.此の国に貪著して進むことの出来ないものが甚だ多いというてある。今は、本願を疑う人の往生する浄土中の化土をいう。即ちこの経説の名義を転用して弥陀の化土に名づけたものである。この外に疑城胎宮の名もある。委しくは『化巻』を看よ。
四。品位階次 品位は観経に説かれたる九品九種の階級の機類のこと。階次は階級。
五。無上正真道 阿耨多羅三藐三菩提の訳。無上の妙果。仏の証りのこと。仏の証りはこの上ない正しい真実の大智慧であるからである。
【文科】二双四重の判をもちいて他力横超を釈したまう一段である。
【講義】上に横超断四流ということを述べたが、これからこの五字の意味を味わわねばならぬ。先ず横というは他力という意味で、自力の竪超竪出に対する語である。又、超というは、一足飛びに飛び超える意味で、迂遠なこと、まわりみちをすることに対する語である。竪超というは、聖道八万の教の中、華厳天台等の実大乗教のことである。竪出というは、法相三論等の権大乗教のことである。二乗三乗と区別を立てて、仏果を開くに、三
(2-462)
僧祗百大劫のまわりみちをせねばならぬと教える法門のことである。横超というは、本願の成就から開け来ったこれのみまこと、これより外はない、円融円満の真実〈まこと〉の宗教〈おしえ〉のことである。又、横出というがあるが、これは機に三輩九品の差別を立て、定善散善、三福九品の諸善を教え、方便化土の懈慢界に生まれしむる回り遠い十九願要門の教えである。如来の大願に酬報〈むく〉い顕われた清浄の報土には、三々九品などという階数はなくて、往生の刹那に、すべてみな無上の仏果菩提〈さとり〉を開くのである。それであるから、この教えを横起というのである。
【余義】一。横超断四流の下に、二双四重の判釈を挙げられた。之は上にも菩提心(三七九頁)の下に出されたものであった。但し『愚禿鈔』と上出の二双四重判は、平静なる態度をもって、相対的の判釈を下されたのであるが、ここは横超という標目の下〈もと〉に掲げられたる為に、自ずと絶対判の語勢を示している。
即ち二双四重の判を主眼として明かすのではなくして、横超の益を示す為に、其の所対として竪超竪出等を挙げられたのである。云はば白色を鮮明ならしむる為に黒色を持ち来るように、横超他力を顕著ならしむる為に、他の自力の教えを挙げられた。故に是等自力
(2-463)
教は自ずと所廃の意味を含まざるを得ないのである。
『愚禿鈔』及び上の菩提心の下には、平面的に諸教を羅列しているが、此処には「横は竪超竪出に対す、超は迂に対し回に対す」等と深く縦に切り込んである。即ちこの言葉の次に先ず竪超竪出の教名をあげ、改めて「横超とは願成就し給える一実円満の真教、真宗是なり」と云い、更に横出を出し、是に対して横超は、速疾超証の真道であると釈す。凡て横超他力を主として、他の諸教をあげ、其の比較の様式として二双四重判を須いられたに過ぎない。『銘文』本五丁に、
横はよこさまという。よこさまというは、如来の願力を信ずるゆえに、行者のはからいにあらず。五悪趣を自然にたちすて、四生をはなるるを横という。他力ともうすなり。これを横超というなり。横は竪に対することばなり。超は迂に対することばなり。竪と迂とは自力聖道のこころなり。横と超はすなわち他力真宗の本意なり。
この下と同意で、又よくこの下の文意を助顕していると思う。恰も猛虎の浮草を駆〈か〉るように、一実円満の横超他力教が、自余の聖道諸教、浄土定散諸教を慴怖せしむる趣きがある。
二。初め竪超竪出に対する所は、聖浄相対、横出に対する所は、要弘相対である。聖
(2-464)
浄対には、円満善美の至極たろ横超の真教をあげ、要弘対には、往生即成仏の利益に就いて横超を釈す、相共に横超の真意を発揮している、即ち円満至極の教えは、そのまま速疾成仏の大益ある教えである。『唯信文意』二十一丁に、
この一心は横超の信心なり。横はよこさまという。超はこえてという。よろずの法にすぐれて、すみやかにとく生死の大海をこえて、無上覚にいたるゆえに超ともうすなり。
とあるは、上の二つの場合を一所にして解釈せられたのである。下の引文は、是等の意義を証明している。
三。終りに横出に対する下、「大願清浄の報土」等と、横超の利益を当益としてあるが、是は定散諸教の品位階数ある浄土に対して、一念超証の浄土の益を述べられたので、此の要門教に対し、横超を明かす時は、当果を示す方が最も簡明であるからである。従って横超が亦現益であることは申す迄もない。既に「正信偈」にも、
信を獲て、見て敬い、大いに慶喜すれば、即ち横に五悪趣を超截す。
とも云い、上の文には「即得往生住不退転」の文を釈する下に
金剛の真心を獲得する者は、必ず現生に十種の益を獲るなり
(2-465)
とて、現生十種の益をあげてある。即ち信楽開発の一念に、六趣四生の因亡じ果滅して、即得往生住不退転の現益を獲る。これが正定聚の益である。横超断四流の現在益である。下の「断というは、往相の一心を発起するが故に、生として受くべき生なし 乃至 頓に三有の生死を断絶す」等の釈は最も明らかに現益を示している。『和讃』
金剛堅固の信心の さだまる時をまちえてぞ
弥陀の心光照護して ながく生死をへだてける。
はこの意である。横超の現益は、殊に我聖人が力を尽して立証実験せられた所で、又真の宗教的旨趣は是にあるのである。
第二科 文証
大本言超発無上殊勝之願又言我建超世願必至無上道名声超十方究竟靡所聞誓不成正覚又言必得超絶去往生安養国横截五悪趣悪趣自然閉昇道無窮極易往而無人其国不逆違自然之所牽 已上
(2-466)
【読方】大本にのたまわく、無上殊勝の願を超発す。またのたまわく、われ超世の願をたつ。かならず無上道にいたらん。名声十方にこえて究竟して聞こゆるところなくば、ちこうて正覚をならじ。また言わく、かならず超絶して去〈すつ〉ることをえて、安養国に往生せよ。横に五悪趣をきり、悪趣自然にとじん。道にのぼるに窮極なし。往き易くしてしかも人なし。その国逆違せず、自然の牽くところなり。已上
【字解】一。大本『大無量寿経』のこと。
二。安養国 極楽。弥陀の浄土。
【文科】『大経』の三文を一連にして横超の義を証したまう。
【講義】『大無量寿経』には、この上のない殊勝〈すぐ〉れた本願を、諸仏に超え勝れて発こし給うたというてある。
又同じく『大経』にいうてある。我(法蔵比丘)、世に超え勝れた願を建てて、必ず無上の仏果を得遂げるであろう。我が名声〈な〉、十方に超え、際の際〈はて〉まで、隈〈くま〉なく聞え渡ることがないならば、誓うて正覚を取るまじ。
又同じく『大経』にいうてある。必ず生死の海を超え、迷いの絆〈きずな〉を絶って、苦の世界を去り、安養の世界に往生せよ。さすれば、如来他力の御はからいによって、五悪趣の因を截り、悪趣は自然に閉じて、窮極〈かぎり〉のない仏果の道に昇ることが出来る。誠に往き易くして人
(2-467)
のないは安養の浄土である。もし他力の信心さえあれば、安養の浄土は、どんなものでも逆らわず違〈たが〉わず、他力自然に牽かれて易く参らして頂けるのである。
大阿弥陀経言(支謙三蔵訳也)可得超絶去往生阿弥陀仏国横截於五悪道自然閉塞昇道之無極易往無有人其国土不逆違自然之随牽 已上
【読方】大阿弥陀経(支謙三蔵の訳なり)にのたまわく、超絶してすつることをうべし。阿弥陀仏国に往生すれば、横〈よこさま〉に五悪道をきりて、自然に閉塞す。道に昇ることきわまりなし。往き易くして人あることなし。そのくに逆違せず、自然のひくところなり。已上
【字解】一。『大阿弥陀経』 『大無量寿経』の果訳。梵語アミターユス、スートラ(Amitayus-sutra)。内題には『仏説諸仏阿弥柁三耶三仏薩楼仏檀過度人道経』とある。呉の時代に月支国の優婆塞、支謀の訳。二十四願成就の阿弥陀仏の因願と果上を説く。
【文科】異訳を引きて正依の経文を助顕せらる。
【講義】又支謙三蔵の訳出せられた『大阿弥陀経』には、生死の流れを超え、煩悩の絆を絶って、早くこの苦悩の世界を去り、阿弥陀仏の極楽世界に往生せよ。さすれば、他力の
(2-468)
はたらきで、五悪道へ趣く因を截って悪趣の門は自然に塞〈ふさ〉がり、極まりのない仏果に昇ることが出来る。御浄土は往き易い所であるが、疑いに碍えられて往くものがない。他力の信力さえ頂けば、安養の浄土は、どんなものでも逆らわず違〈たが〉わず、他力自然に牽かして参らして頂けるのである。
第二項 断四流釈
第一科 義釈
言断者発起往相一心故無生而当受生無趣而更応到趣已六趣四生因亡果滅故即頓断絶三有生死故曰断也四流者則四暴流又生老病死也
【読方】断というは、往相の一心を発起するがゆえに、生として当にうくべき生なし、趣としてまた到るべき趣なし。すでに六趣四生の囚亡し果滅す。故えにすなわち頓に三有の生死を断絶す。かるがゆえに断というなり。四流はすなわち四暴流なり。また生老病死なり。
【字解】一。往相の一心 往相回向の一心。他力回向の信心のこと。他力の信心は、浄土へ往生する正因であるから、往相の二字を添う。
(2-469)
二。生 下にあぐる四生(胎、卵、湿、化)のこと。一切の有情は、この四種の出生の形式に摂められる故に、生と云えば迷界の総称とも見られる。
三。趣 下にあぐる六趣。六道ともいう。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上。その中、修羅を天に摂して、五趣とすることもある。
四。六趣四生 上の生、趣のこと。
五。三有 三界(欲界、色界、無色界)のこと。有は存在の義。因果の法則、厳に存在する世界の意。
【文科】信の一念に迷いの四流を超絶することを示し給う一段である。
【講義】断四流の断というは、往相回向の他力の信心を頂けば、その信の一念に、願力の不思議を以て、四生の中、受くべき生もなく、六趣の中、趣くべき趣〈ところ〉もないようにして下さる。六趣四生の悪果を招くべき業因を悉く滅ぼし、従ってその悪果も全然受けないようにして下さるのである。それであるから、一念に速やかに三界の生死を二度と受けないように断ち切って仕舞うのである。これを断というのである。
四流というは、欲暴流、有暴流、見暴流、無明暴流の四暴流のことである。又生老病死の四苦を流と喩えたとみてもよい。
(2-470)
第二科 経文証
大本言会当成仏道広度生死流
又言会当作世尊将度一切生老死 已上
涅槃経言又涅槃者名為洲渚何以故四大暴河不能漂故何等為四一者欲暴二者有暴三者見暴四無明暴是故涅槃名為洲渚 已上
【読方】大本にのたまわく、会〈かなら〉ずまさに仏道をなりて、ひろく生死のながれを度すべし。
また言く、会〈かなら〉ずまさに世尊となりて、まさに一切の生老死を度せんとすべし。已上
涅槃経にいわく、また涅槃はなづけて洲渚とす。何をもっての故に、四大の暴河漂わすこと能わざるがゆえに。なんらを四とする、一には欲暴、二には有暴、三には見暴、四には無明暴なり。このゆえに涅槃をなづけて洲渚とす。已上
【字解】一。欲暴流 四暴流の一。欲界の煩悩の中、見惑十六(四諦の下に、各貪瞋慢疑の四惑あり、故に十六となる)、修惑三(貪、慢、疑)、枝末惑十、無漸、無愧、眠、掉挙、[コン01]沈、慳、嫉、忿、覆、悔)の二十九惑の総称。
(2-471)
二。有暴流 四暴流の一。色界、無色界の煩悩の中、各界の見惑十二(四諦の下に各貧、慢、疑の三ある故に)。各界の修感二(貪、慢)、合わせて二十八惑の総称。
三。見暴流 四暴流の一。三界の見惑のうち、四諦の下に起こる諸見を総称したもの。
挿図(yakk2-471.gif)
三界見惑三十六
苦諦 集諦 滅諦 道諦
身見 辺見 邪見 見取見 戒禁取見
四。無明暴流 四暴流の一。三界の四諦、修道の五部に起こる痴煩悩をいう。合わせて十五あり。
以上の諸煩悩に、暴流のよう善法を漂流せしむるによりこの名あり。
【文科】経文を引いて、生死の流れを断ちきるを証したまう。
【講義】『大無量寿経』には、会〈かなら〉ず会〈かなら〉ず仏となって、広く生死の流れをすくい渡すであろうというてある。
又『平等覚経』には、必ず必ず世尊となって、すべての生老死の流れをすくい渡すであろうというてある。
(2-472)
『涅槃経』には又、涅槃を洲渚とも名づける。何故ならば、流石〈さすが〉の暴悪な四大河も、この涅槃だけは漂わすことが出来ないからである。四大河とは何かというに、欲暴流、有暴流、見暴波、無明暴流のことである。こういう訳であるから、涅槃を洲渚と名づけるのである。
第三科 釈文証
光明師云白諸行者凡夫生死不可貪而不厭弥陀浄土不可軽而不欣厭則娑婆永隔欣則浄土常居隔則六道因亡輪回之果自滅因果既亡則形名頓絶也
又云仰願一切往生人等善自思量己能今身願生彼国者行住坐臥必須励心尅已昼夜莫廃畢命為期上在一形似如少苦痛前念命終後念即生彼国長時永劫常受無為法楽乃至成仏不逕生死豈非快哉応知 已上
【読方】光明師のいわく、もろもろの行者にもうさく。凡夫の生死、貪りて厭わずばあるべからず。弥陀の浄土、かろしめて欣わずばあるべからす。厭えばすなわち娑婆永くへだつ。欣えばすなわち浄土につねに居
(2-473)
す。隔つればすなわち六道の因亡じ、輪廻の果おのずから滅す。因果すでに亡じて、すなわち形と名と頓にたえぬるをや。
またいわく、あおぎねがわくば一切往生人等、善くみずからおのれが能を思量せよ。今身にかのくにに生ぜんと願わんものは、行住坐臥に必ずすべからく心をはげまし、おのれを尅して、昼夜に廃することなかるべし。畢命を期として、かみ一形にあるは少き苦しみににたれども、前念に命終して、後念にすなわち彼の国に生じて、長時永劫につねに無為の法楽をうく。乃至成仏までに生死をへず。あに快〈たのし〉みにあらずや。しるべし。已上
【字解】一。光明師 善導大師のこと。光明寺に住せられしにより、光明師という。
二。畢命 命の終るまで。
三。一形 形のある間。即ち一生涯。
【文科】『般舟讃』と『礼讃』の文を引いて一念横超の義を証したまう。
【講義】光明寺の善導和尚の宣うよう。一切の浄土往生の行人達に白す。凡夫の生死の世界に執着して厭う心のないは人情ではあるが、いけないことである。又弥陀の浄土を軽軽しく思うて欣ぶ心のないのも人情ではあるが、いけないことである。もし厭う心さえあって、信心を得れば、信の一念に、生死の絆が切れて、長く生死の迷を離れうるのであ
(2-474)
る。又欣ぶ心さえあって、信心を得れば、娑婆にいながら、常に心を浄土の楽しみに遊ばすことか出来るのである。信の一念の立〈たちどころ〉に六道に趣く業因は亡び、輪回をする悪果はなくなるのである。迷いの因も果も絶え果てて、三界生死の形〈かたち〉も、又その名もなくなって仕舞うのである。
又宣うよう、浄土往生を願うすべての人々よ、どうぞよく、自分自分の分斉を知って、此の生に浄土へ参りたいと思うならば、行住坐臥を簡〈えら〉ばず、懈怠なく、相続の心を励まし、放逸〈なおざり〉に堕ちず、昼夜不断に称名せよ。生命〈いのち〉の終わる夕〈ゆうべ〉まで、一生の間、つとめ励むは、少しく苦しい様ではあるが、信の一念に、迷いの生命〈いのち〉の打止めをなし、直〈すぐ〉に後念には浄土往生の身に定まり、やがて、浄土に於いて長く長くこの上ない法楽を得る身にさして頂き、信の一念の時から、往生して仏果を開くまで、二度と生死の迷いを重ねない身にして頂いたと思えば、誠に快心〈こころよい〉ことではないか。
第三項 真仏弟子
第一科 正釈
(2-475)
言真仏弟子者真言対偽対仮也弟子者釈迦諸仏之弟子金剛心行人也由斯信行必可超証大涅槃故曰真仏弟子
【読方】真の仏弟子というは、真の言は偽に対し、仮に対するなり。弟子というは、釈迦諸仏の弟子なり。金剛心の行人なり。この信行によりてかならず大涅槃を超証すべきがゆえに、真の仏弟子という。
【文科】正しく真の仏弟子の何たるかを説示したまうのである。
【講義】先に善導大師の御語〈おことば〉を引いた中に、真の仏弟子という語があったが、これからは少しくこの真の仏弟子の意味を味わうのである。先ず、真というは偽に対し、仮に対していう語である。弟子というは、釈迦如来や諸仏如来の弟子ということである。それで真の仏弟子というのは、金剛の信心を頂いた念仏行者のことである。この他力の信心と念仏の大行とに依って、一切の位次階段を飛び超えて、大般涅槃を開くのであるから、真の仏弟子というのである。
【余義】一。真仏弟子の拠〈よりどころ〉は『散善義』の第五深信の下である。彼処には、「仏教に随順し、仏意に随順し、仏願に随順する人を真の仏弟子と名づく」という、『和語灯録』一ノ三十丁に之を釈して
(2-476)
仏教に随順すと云うは釈迦の御教に随い、仏願に随順すと云うは、弥陀の願に随うなり。仏意に随順すと云うは二尊の御心に叶うなり。今の文の意は、先の文に、三部経を信ずべしと云えるに違〈たが〉わず。
とあり。この文に依れば、正しくは弥陀釈迦二尊、兼ねて三部経に説かれたる諸仏の意に随順するが真の仏弟子であるという意味である。故に此の下の『六要』には
真仏弟子等というは、散善義の意、二尊諸仏の意に随順する故に此の名あり。
と明らかに三仏に随順する人が真の仏弟子であると云われてある。
然るに此処に、弟子とは釈迦諸仏之弟子なりとあるは、どういう理由であるかと云えば、大体この仏弟子という言葉は、仏の教えを受ける人の意味であるから、弥陀の本願を讃説する釈迦諸仏の弟子というのが、言葉の正しい意味である。その釈迦諸仏の弟子とは、弥陀の本願を信じた人である。弥陀の弟子というは言を俟たない。否〈いな〉弟子という言葉は寧〈むし〉ろ間接的な言葉である。もっと適切な言葉を要するのである。故に聖人はその次に「金剛心の行人なり」と仰せられた。如来の金剛心を吾が心としている人、即ち如来と一体になっている人が釈迦諸仏の真弟子〈しんのでし〉であるというのである。
(2-477)
二。されど又一方から味わえば、弥陀と釈迦諸仏は決して離れたるものでない。釈尊の説教はそのま、弥陀の直説である。諸仏の称讃もそのまま弥陀の直説である。『御一代聞書』第七六に
一。聖人の御一流は、阿弥陀如来の御掟〈ごじょう〉なり。されば御文には、阿弥陀如来の仰せられけるようはと、遊ばされ候。
一。蓮如上人、法敬に対せられ仰せられ候。今この弥陀をたのめということを御教え候〈そうろう〉人をしりたるかと仰せられ侯。乃至、此の事を教うる人は、阿弥陀如来にて候。
即ち如来の本願を説く凡〈すべ〉ての人の言葉は、そのまま如来の直説である。皆第十七願によりて説かれるのであるから、「弥陀をたのめ」と教うる人は、弥陀如来にてましますのである。蓮如上人のこの御言葉は、信仰の奥旨を叩かれしものである。されば釈迦諸仏の弟子というは、そのまま弥陀の直弟子である。それを金剛心の行人と名づけるのである。
三。上来、聖人は『信巻』に於いて、他力信心の如何なるものであるかを広説せられたが、今や真仏弟子を釈せらるるに当りて、初めて天上の月が、地上の水に映った趣がある。否、大信が活〈い〉きた人間に表われたことによりて、初めて大信の大信たる実の意義と力を示
(2-478)
すに至ったのである。そして今迄は法の上にのみ一代仏教を判釈せられたのが、ここに来りて、実際の人の上より、即ち血と肉をもっている人間の上に、一代仏教を判釈せらるるに至った。ここに熾烈当るべからざる聖人の信仰的権威がある。即ち横超他力を信じた人は、真の仏弟子である。その他の人は、仮の仏弟子、偽の仏弟子である。聖道門と浄土定散の教に随順する人は仮の仏弟子、六十二見、九十五種の外道に心を寄せる人は偽の仏弟子である、是れ等は『化巻』に詳述せらるる所である。かように法の判釈が一転して人の判釈となった。『正像末和讃』は、全体を通じて、自力教に対して此の人の上の判釈を須〈もち〉いておられるように思われる。
実に弥勒菩薩は聖道門に於ける代表的人物である。即ち第二の釈尊として此の世に下生成仏すると説かれている。聖人は他力信仰の人を此の弥勒と同視し、或時には弥勒を貶〈へん〉しておられる。
五十六億七千万 弥勒菩薩は年をへん
まことの信心うる人は この度さとりを開くべし。
と云い、更に釈尊の正意を知らず、その方便の教えに滞〈とどこ〉っておる仮の仏弟子に対しては
(2-479)
釈迦如来かくれましまして 二千余年になりたまう
正像の二時はおわりにき 如来の遺弟悲泣せよ。
像法のときの智人も 自力の諸教をさしおきて
時機相応の法なれば 念仏門にぞいりたまう。
釈迦の教法ましませど 修すべき有情のなきゆえに
さとりうるもの末法に 一人もあらじとときたまう。
と宛然〈さながら〉迅雷のはためくように、獅子吼せられた。そして是れやがて聖人が長い間自力疑心に拘わりて、釈尊の正意を知らず、釈尊の皮相に拘泥〈なず〉んで徒〈いたずら〉に仮仏弟子となっておられた痛切なる懺悔である。
誠に釈尊の皮相を追うて、己〈おの〉が能を思量せず、自ら仮の仏弟子の自覚なき人が、一念釈尊の入滅に驚き、邪見熾盛の自己に悲泣する時に、他力本願がその胸中に生れるのである。それが真仏弟子である。金剛心の行人である。かくて善導、法然二師により唱道せられたる真仏弟子の意義は、我が聖人に来りて殊に鮮かなる光を添うるに至った。即ち其の内容より云えば、一代仏教の根底に根ざしたるものとして、円〈まどか〉に其の意義を表現し、外〈ほか〉に対しては、
(2-480)
厳烈なる破邪の剣〈つるぎ〉、降魔の刃〈やいば〉となった。
以下十八の引又は、畢竟これ等の意義を闡明〈あら〉わすの外〈ほか〉はない。そうして『涅槃経』の逆悪回心の引文は、この真仏子の裏書に外ならぬ。聖人の筆は、ここより一段の光彩と熱気と、辛辣と、凄い程の痛切味を帯びてきているように感ぜられる。
第二科 経文証
大本言設我得仏十方無量不可思議仏諸世界衆生之類蒙我光明触其身者身心柔軟超過人天若不爾者不取正覚
没我得仏十方無量不可思議諸仏世界衆生之類聞我名字不得菩薩無生法忍諸深総持者不取正覚 已上
【読方】大本にのたまわく、たといわれ仏をえたらんに、十方、無量、不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが光明をこうむりて、その身にふるるもの、身心柔軟にして人天に超過せん。もししからすば正覚をとらじ。
たとひわれ仏をえたらんに、十方、無量、不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが名字をきき、菩薩や無
(2-481)
生法忍、もろもろの深総持をえざらんには、正覚をとらじ。已上
【字解】一。無生法忍 無生法とは真如のこと。真如の理は、本来不生不滅であるから無生法という。
忍は忍可で、心に悟ること。故に無生法忍とは、真実の智慧を以て、真理を証〈さと〉ることをいう。今は他力回向の信心智慧によりて、浄土の法性無生の証りを開くことをいう。
二。総持 梵語陀羅尼(Dharani)の意義。種々の義を総べ摂めている呪文のこと。今は六字の名号を指す。この名号の中〈うち〉には、万善万行の功徳を摂在してぃろからである。
【文科】『大経』の二文によりて真の仏弟子を証したまう
【講義】『大無量寿経』に宣わく、もし我、仏となるであろう時、十方無量世界の数限りない衆生が、我が光明を蒙りて、その身に触れ、信心のよろこびを得たものは、身もやわらかに、心もやさしくて、人天の世界に超え勝れるであろう。それでなければ、正覚をとらない。
もし我、仏となるであろう時、十方無量世界の数多い衆生が、我が名号をきき信じて、往生治定の信心を得、六字名号の功徳を受けないようなことがあれば正覚をとらない。
【余義】一。この文より以下十八文は、正しく真仏弟子の自内証を闡明〈あらわ〉し、又それを証拠立てるために引用せらる。その中、此の二文は、光明摂取の相を示す。即ち他力行者の現益
(2-482)
を誓われたものである。初めの第三十三の願は、第十二願の光明無量の願の利益を誓われたもので、その成就文には「三苦消滅し、身意柔軟」とある。私共が如来の光明に触れる時は、心の奥底から喜びが湧きいでて、苛々〈いらいら〉した硬い心と身が悪心に打ち溶かされて、様々〈ようよう〉たる一味の喜びとなる、これ実に如来の歓喜光の力である。『和讃』に
慈光はるかにかむらしめ 光のいたるところには
法喜をうとぞのべたまう 大安慰を帰命せよ。
とあるはこれである。現生十益中、転悪成善と心多歓喜に当る。『論註』下十七丁に如来が身口意の三業を荘厳して、吾等虚誑の身口意を治し給うことを詳説せらる。味わうべき文字である。
衆生、身見を以ての故に、三途の身、卑賤の身、醜陋の身、八難の身、流転の身を受く。是の如き等の衆生、阿弥陀如来の相好光明の身を見たてまつれば、上の如きの種々の身業の繋縛、皆解脱することを得、如来の家に入りて、畢竟して平等の身業を得
衆生、[キョウ02]慢を以ての故に正法を誹謗し、賢聖を毀呰〈そし〉り、尊長を捐斥〈しりぞ〉く。是の如きの人は抜舌の苦、[イン01][ア01]の苦、言教〈いうこと〉行われざるの苦、名聞〈ほまれ〉なきの苦を受くべし。是の如き等の種
(2-483)
種の諸の苦の衆生、阿弥陀如来の至徳の名宝、説法の音声を聞けば、上の如きの種々の口業の繋縛、皆解脱することを得、如来の家に入りて、畢竟して平等の口業を得。
衆生、邪見を以ての故に、心に分別を生ず。若しは有、若しは無、若しは非、若しは是、若しは好、若しは醜、若しは善、若しは悪、若しは彼、若しは此、是の如き等の祖々の分別を以ての故に、長く三有に淪〈しず〉みて、種々の分別の苦、取捨の苦を受け、長く大夜に寝ねて、出づる期あることなし。是の衆生、若し阿弥陀如来の平等の 光照に遇い、若し阿弥陀如来の平等の意業を聞けば、是等の衆生上の如き種々の悪業繋縛、皆解脱することを得、如来の家に入りて、畢竟して平等の意業を得。如来の光明によりて、吾等は身口意の煩悩の繋縛より脱〈のが〉れて、光風掃々の天地に蘇り三業ともに歓喜びに溢る、是れ実に大悲照護の利益である。
二。次に第三十四願は、第十七願の名号の利益を誓われた願である。名号の謂われを聞信する立ちどころに、無生法忍(無生の生たる往生の忍可決定せること、即ち不退の位、正定聚)を獲、名号に摂在せる一切の功徳を獲ることを示し給う。次の『如来会』の文は、上の触光柔軟の願を助成する為である。
(2-484)
無量寿如来会言若我成仏周遍十方無量無辺不可思議無等界衆生之輩蒙仏威光所照触者身心安楽超過人天若不爾者不取菩提 已上
【読方】無量寿如来会にいわく、もしわれ成仏せんに、周遍、十方、無量、無辺、不可思議、無等界の有情のともがら、仏の威光をこうぶりて、照濁せらるしもの、身心安楽にして人天に超過せん。もししからすは菩提をとらじ。已上
【字解】一。周遍十方 十方に周遍する無量の世界のこと。
【文科】異訳を引いて、上にあげた正依の経文を助顕したまう。
【講義】無量寿如来会に言わく、もし我れ仏となるであろう時に、十方に周逼〈あまね〉き数限りもなき世界の衆生達が、我が威神光明を受け、其の身に触れて身も心も、安らかに楽しく、人天の世界に超え勝れた味わいを得ないようなことがあるならば、菩提はとらない。
又言聞法能不忘見敬得大慶則我善親友
又言其有至心願生安楽国者可得智慧明達功徳殊勝
又言広大勝解者
(2-485)
又言相是等類大威徳者能生広大異門
又言若念仏者当知比人是人中労陀利華 已上
【読方】またいわく、法をききてよく忘れず、見て敬まい、得て大きによろこばば、すなわち我がよき親友なり。
またいわく、それ至心ありて安楽国に生ぜんと願ずるものは、智慧あきらかに達し、功徳殊勝なることをうべし。
また広大勝解者とのたまえり。
また是のごときらの類、大威徳のものは、よく広大の異門に生まれんとのたまえり。
又いわく、もし念仏するものは、当にしるべし、この人はこれ人中の分陀利華なり。已上
【字解】一。広大勝解者 他力信心の人をいう。信心の人は、仏の広大なる教えを、少しも疑わず、その儘信ずる故に、実に広大なる、そして勝れたる了解者であると云うこと。
二。広大異門 浄土のこと。上一〇二頁を看よ。
三。分陀利華 梵語プンダリーカ(Pundarika)白蓮華と訳す。蓮華の一種。人中好華、人中上々華等ともいう。
【文科】『大経』二文『如来会』『観経』各一文によりて真仏弟子を顕わしたまう。
【講義】又『大無量寿経』には、法をきいて信じ、相続して忘れず、名号のいわれをき
(2-486)
き開き敬うて大いに慶ぶならば、則ち我が善き親友であると述べてある。
又言わく、信心を頂いて、安楽浄土へ往生したいと思うものは、明信仏智のはたらきに依って、智慧も自ずから明らかになり、万善万行の総体たる名号を頂いて居るから、功徳を得ることも並々に勝れて居るであろう。
又『如来会』には、偉大な勝れた智慧をもつものというてある。
又同じく、このような、偉大なる威神功徳を具えた信心の行者は、能く安楽浄土に往生することは出来るというてある。
又『観無量寿経』には、まことに信心を得て念仏する人は、人中の白蓮華であるというてある。
【余義】一。「則我善親友」の丈は、諸仏称讃の益に当る。『和讃』に
他力の信心うる人を うやまいおおきに喜べば
則ち我がよき親友ぞと 教主世尊はほめたまう。
諸仏の随一たる釈尊は、この真仏子を「我親友」とほめ給う。蓋し大聖釈尊とその生命を等しゅうしている為である。
(2-487)
次の「其有至心」の文は、真仏弟子の信心の智慧明らかにして、常に自己省察を忘れざること、そしてあらゆる殊勝なる功徳を獲るを示す。至徳具足の益である。次の三文は諸仏称讃の益を示さるることは明かである。
第三科 正依釈文証
安楽集云拠諳部大乗明説聴方軌者大集経云於説法者作医者王想作抜苦想所説之法作甘露想作醍醐想其聴法者作増長勝解想作愈病想若能如是説者聴者皆堪紹隆仏法常生仏前 乃至
依涅槃経仏言若人但能至心常修念仏三昧者十方諸仏恒見此人如現在前是故涅槃経云仏告迦葉菩薩若有善男子善女人常能至心専念仏者若在山林若在聚落若昼若夜若坐若臥諸仏世尊常見此人如現目前恒与此人而作受施 乃至
依大智度論有三番解釈第一仏是無上法王菩薩為法臣所尊所重唯仏世尊是故応当常念仏也第二有諸菩薩自云我従曠
(2-488)
劫已来得蒙世尊長養我等法身智身大慈悲身禅定智慧無量行願由仏得成為報恩故常願近仏亦如大臣蒙王恩寵常念其王第三有諸菩薩復作是言我於因地遇悪知識誹謗波若堕於悪道径無量劫雖修余行未能出後於一時依善知識辺教我行念仏三昧其時即能断遣諸障方得解脱有斯大益故願不離仏 乃至 大経云凡欲住生浄土要須発菩提心為源云何菩提者乃是無上仏道之名也若欲発心作仏者此心広大周遍法界此心長遠尽未来際此心普備離二乗障若能一発心傾無始生死有輪大悲経云云件名為大事若専念仏相続不断者随其命終定生安楽若能展転相勧行念仏皆既等悉名行大悲人 乃至
【読方】 安楽集にいわく、諸部の大乗によりて説聴の方軌をあかさば、大集経にいわく、説法の者においては医王の想いをなせ。抜苦の想いをなせ。所説の法をば、甘露のおもいをなせ。醍醐の想いをなせ。それ悪法のひとは、増長勝解の想いをなせ。愈病のおもいをなせ。もし能く斯のごとき説者、聴者、みな仏法を紹隆するにたえたり。つねに仏前に生ぜん。乃至 涅槃経によるに、仏ののたまわく、もし人ただよ
(2-489)
く至心をもて、つねに念仏三昧を修すれば、十方の諸仏づわにこの人をみそなわすこと、現に前にましますがごとし。このゆえに涅槃終にいわく、仏、迦葉菩薩に告げたまわく。もし善男子、善女人ありて、つねによく心をいたし、もっぱら念仏する者は、もしは山林にもあれ、もしは聚落にもあれ、もしは昼、もしは夜、もしは坐、もしは臥、諸仏世尊つねにこの人をみそなわすこと、目のまえに現ずるがごとし。つねにこの人のために、しかも受施をなさん。乃至 大智度論によるに、三番の解釈あり、第一には、仏はこれ無上法王なり。菩薩は法臣とす。尊くするところ、重んずるところ、ただ仏世尊なり。この故にまさにつねに念仏すべきなり。第二には、もろもろの菩薩ありてみずからいわく、われ曠劫よりこのかた、世尊のわれらが法身、智身、大慈悲身を長養したまうことを蒙ぷることを得たりき。禅定、智慧、無量の行願、仏によりて成ずることをえたり。報恩のためのゆえに、つねに仏にちかづかんことを願ず。また大臣の王の恩寵をこうむりて、つねにその王を念うがごとし。第三には、もろもろの菩薩ありて、またこの言をなさく、われ因地にして悪知識におうて、般若を誹謗して悪道に堕しき。無量劫をへて余行を修すといえども、いまだ出づることあたわず。のちに一時において、善知識の辺〈ほとり〉に依りしに、われをおしえて念仏三昧を行ぜしむ。その時に即ちよく、併〈しかしなが〉らもろもろの障〈さわり〉をして、まさに解脱することをえしめたり。この大益あるがゆえに、願じて仏をはなれず。乃至 大経にのたまわく、おおよそ浄土に往生せんとおもわば、かならず発菩提心を須いるを源〈みなもと〉とす。いかんとなれば、菩提はすなわちこれ無上仏道の名なり。もし発心作仏せんとおもわばこの心、広大にして法界に周遍せん。
(2-490)
この心、長遠にして未来際をつくす。この心あまねくつぶさに二乗の障〈さわり〉をはなる。もしよく一たび発心すれば、無始生死の有輪をかたむく 乃至 大悲経にいわく、いかんぞなづけて大悲とする。若しもはら念仏相続してたえざれば、その命終に随いて、さだめて安楽に生ぜん。もしよく展転してあいすすめて念仏を行ぜしむるは、此れ等をことごとく大悲を行ずる人となづく。已上要を抄す
【字解】一。『安楽集』二巻。唐の道綽禅師の著。『観無量寿経』の概論にて、十二門に頒〈わ〉かちて、信を勧め、極楽往生を求める事を勧む。
二『大集経』 具には、大方等大集経、(Mahavaipulya-mahasamupata-sutra)。六十巻。北涼の天竺三蔵曇無讖の訳。序品より第八品までは、神通、瓔珞荘厳、八光明、三十二善業、四無碍智等を説き、次に宝憧分(十三品)、虚空目品(十一品)、日密分(六品)、日蔵分(十三品).月蔵分(三十品)、須弥蔵分(五品)等を説く。
三。甘露 梵語アムリタ (Amrta)不死又は甘露と訳す。また天酒ともいう。もとは吠陀経典にいで、初めはソーマの汁をいうたものらしい。諸神の飲料と称せらる。
四。醍醐 五味の一。牛乳を漸次に精製して五種となすうち、醍醐は其の尤も精製したるもの。熟酥の上に浮かべるクリームの如きもの。仏性又は真実教に譬う。
五。増長勝解想 増長は勝れたるの意。柔順〈すなお〉に疑いなく受けこむ心という事。この心は、勝れた了解であると云うのである。他力の信心をいう。
(2-491)
六。聚落 村落の事。
七。『大智度論』梵語マハープラヂュニャーパーラミターシャーストラ(Maha-prajnaparamita-Sastra)。百巻 籠樹菩薩著。姚秦の世、亀滋国の三蔵、鳩摩羅什訳。摩訶般若波羅密多経九十品を解釈せるもの。初品を解釈するに精緻を極め、三十四巻を費やす。余は其の文意を解する丈である。
八。法身 三身中の法性法身。色も形もなき常住の法身。
九。智身 三身中の報身。智慧を体とする故にこの名あり。
一〇。大慈悲身 三身中の応身。親しく慈悲を垂れて、衆生を済度する故に、この名あり。
一一。因地 今は仏果一に対する因位にあらず、菩薩の初めて発心し修行し給うた時の事をいう。
一二。波若〈はんにゃ〉 般若(Prajna)、智慧の事。
一三。無量劫 劫は梵語劫波(Kalpa)、非常に長い時間のこと。方高四十里の石を、天人が重さ三銖〈しゅ〉の天衣を以て、三年に一度払拭して、遂に其の石の尽くる間を一劫とすと称せらる。この劫を無量に集めたる間が無量劫である。
一四。二乗障 二乗は声聞、縁覚。小乗の自利一方の小果に退堕するを二乗の障りという。
一五。『大悲経』 五巻。梵語(Maha-karuna-Sutra)マハーカルナスートラ隋の天竺三蔵、那連提黎耶舎、法智と共に訳す。釈尊の涅槃、伝法付属、舎利供養の功徳等を明かす。
【文科】『安楽集』によりて、真仏弟子を各方両より説き示したまう。
(2-492)
【講義】道綽禅師は『安楽集』に於いて次の如く仰せられた。『大集経』等の諸部の大乗経典に依って、法を説いたり聴いたりする方法を示すならば、まず『大集経』には、かくの如く説いてある。法の説者〈ときて〉にありては、自分は、聴者〈ききて〉の煩悩の病を癒〈なお〉してやる大医王である、従って聴者の生死輪回の苦悩を抜き去ってやるのであると、思わねばならぬ。又説き聞かせられる法に対しては、甘露、醍醐の妙薬のように思わねばならぬ。そして又、説法を聴く方の側では、かくして私の信心を増長して下さるのだ、私の煩悩の病を癒して下さるのだと思わねばならぬ。もうこういう具合に、説者と聴者の呼吸が合えば、代々仏法を承け継いで益々盛んにすることが出来る。即ち常に如来の御前にあり、如来とともにある人である。
それであるから、『涅槃経』には、もし至心の信心を頂いて、常に念仏を称えて居る人をば、十方世界の諸仏如来は、恒にこの人を見そなわし目前に顕われて、御護り下されるという意味が述べてある。
それで『涅槃経』には左の如く説いてある。釈迦如来迦葉菩薩に告げ給うよう。善男子善女人あって、至心の信心を頂きひたすら念仏相続して居るならば、その人が、山林にあ
(2-493)
ろうが、村落にあろうが、又昼であろうが夜であろうが、乃至起きている時でも臥せって居る時でも、諸仏如来は、この人をみそなわし、眼の前に顕われて御護り下され、その人の手向ける香華の供養を心好く受けとって下されるのである。
又龍樹菩薩の『大智度論』に、三つの解釈があるが、第一の解釈に依れば、仏は無上法王である。菩薩方はこの法王に御事〈おつか〉え申す臣下である。それ故に尊び敬わねばならぬのは、ただ仏だけである。であるから、常に仏を供養尊重して念仏せねばならぬ。
第二の解釈に依れば、諸の菩薩方は自ら宣うよう。私共は、久遠劫の昔から、常に、仏の御そだてを蒙むり、そのおそだてに依って、法報応の三身の芽を生じ、禅定、智慧の功徳、数限りのない行と願とを、皆仏の御力に依って成就することが出来たのである。それであるから、今私共は.仏の大恩の万万の一を報じ奉らんがために、念仏し奉るのである。
第三の解釈に依れば、諸の菩薩方は自ら宣うよう、私共は昔、発心修行の始めに、悪い人達に惑わされて、仏法の智慧を誹謗〈そし〉ったために、五悪趣に堕ち込んで、無量永劫の間、万善万行を修めてみたけれども、出離することが出来なんだが、後に至って、ある時、不図〈ふと〉善知識に遇うて、念仏三昧を教えられ、教えの通り念仏して、今までの障碍〈さわり〉を悉く除き去
(2-494)
って、今かくの如く三界の迷いを解脱〈のがれ〉ることが出来たのである。念仏三味には、こういう大利益があるから、私共は常に念仏したいと願うのである。
又『大無量寿経』には、凡そ、安楽浄土へ往生したいと思うものは、みな必ず菩提心を起こして浄土へ生れる因とせねばならぬ。菩提というはいかなることかというに、この上ない仏果のことであるという意味の文がある。これでもし仏になりたいと思うものがあるならば、必ずこの菩提心に依らねばならぬ。この菩提心(信心のこと)は広大にして十方の世界に満ち亘り、永遠にして未来永劫の末までも続くのである。又この菩提心は、声聞縁覚の二乗に退堕する難を離れ、一度この菩提心を起こせば、無始以来迷うて来た三界生死の迷を断ち破って仕舞うのである。
『大悲経』に言わく。問う、いかなることを大悲と名づけるのであるか。答う、もし専念に念仏相続して断間〈たえま〉がなければ、その人は生命の終り次第に、必ず安楽浄土へ往生するのである。この人が縁ある人々にだんだんと勧めて、念仏せしむるようになれば、この人を大悲を行ずる人というのである。
【余義】一。『大集経』の説法者と聴法者の心得を説いた文は、終りの「皆仏法を紹降す
(2-495)
るに堪えたり」の文より見れば諸仏称讃の益とも云われるが、併し真仏弟子は、法を説く時には、自分を医王の如くに想い、所説の法を甘露の法と想い、又法を聞く時には、真剣に真面目に解了し、恰も病の癒〈いゆ〉る想いをもって聞くと云うことを示された文であるから、実に真の仏弟子の聞法、伝道の態度を示されたものと云わねばならぬ、現生十種の益に強いて当つれば説法の所は常行大悲、聞法の所は転悪成善とも云うべきであろう。とまれこの聞法伝道の不断の活動によりて、真の仏法が人の子の胸より胸へ浸潤してゆくのである。これ実に仏法繁昌の根元である。そして又この真摯なる聞法伝道の人にして、初めて常に如来のもとにいる人である。故に「常に仏前に生ぜむ」といわる。
二。次の『涅槃経』の文は、信念仏の人を、諸仏が時処を択ばず擁護し、そして親がその子の如何なる捧げものをも喜んで受けるように、常に供養を受け給うことを明かす。諸仏護念の益である。
二。次の『智度論』の文は『和讃』に
智度論にのたまわく 如来は無上法王なり
菩薩は法臣としたまいて 尊重すべきは世尊なり。
(2-496)
一切菩薩の宣給わく われ等因地にありしとき
無量劫をへめぐりて 万善修行を修せしかど
恩愛はなはだたち難く 生死甚だすて難し
念仏三昧行じてぞ 罪障を滅し度脱せし。
によりて能く会得せらる。第一は如来が唯一の心霊上の法王であること。即ち「如来の奴隷となれ」と仰せらるる所である。そして念仏せよと云わる。第二は曠劫以来の仏恩を謝し奉ること。常に如来の恩寵に感激する故に、仏に近づき奉らんと願ずる。第三は無始よりこのかたの生死流転を解脱せる喜びを示す。『和讃』にはその流転の原因を「恩愛はなはだたち難く」等と補われた。
良〈まこと〉にこの菩薩とは私共求道者の謂いである。即ち真仏弟子の喜びの言葉である。そして先輩は、聖人が此の文によりて称名念仏を報謝の大行とせられたのであると云うてある。成程『正信偈』にも龍樹菩薩の下に「弥陀仏の本願を憶念すれば、自然即時に必定に入る、唯能く常に如来の号〈みな〉を称えて、応〈まさ〉に大悲弘誓恩を報ずぺし」と仰せられてあることによりても知られる。
(2-497)
されどここに留意すべきは、如来は口称念仏を本願の乃至十念に誓われたけれども、報仏恩の称名を誓われぬことである。ここに尊い味が潜んでいる。即ち人間同志にすら贈物の礼を云えとは云わない。如来が報謝の念仏を誓われないのは此の理〈ことわり〉である。併し仏恩を感じ歓喜〈よろこび〉の念〈おもい〉心〈こころ〉に溢れる時に、有難やと称名するのであるから、それを報謝の念仏と仰せられるのである。そしてそれが我力で称えるのではないから矢張り本願の念仏である。是は大谷派の円乗院師の説である。味わいの深い提撕〈おしえ〉であると思う。
四。次の『大経』三輩の文の取意『安楽集』上十三丁の文は『和讃』の「不思議の仏智を信ずるを、報土の因としたまえり」の意である。信心の無辺広大なる徳を明す。我胸に生まれたる信念はよく、大法界を孕み、未来際を罩〈こ〉め、永く三有生死の暗を霽〈は〉らすというのである。
そして此の大経の文が、次の『大悲経』の念仏の文と、上の『智度論』の念仏の文との中間に挿入せられてあるのは、上下二文の念仏は信心の上の報仏恩の称名たることを示さんが為であると此の下の『六要』に云うてあるのは、適切であると思う。真仏弟子は信を生命として念仏相続し、能く利他の行を行ず。即ち常行大悲の行をなすのである。そして是
(2-498)
れ又信心より起る必然的の活動である。
光明師云唯恨衆生疑不疑浄土対面不相忤莫論弥陀摂不摂意在専 心回不回 乃至
或導従今至仏果長劫讃仏報慈思不蒙弥陀弘誓力何時何劫出娑婆 乃至
何期今日至宝国実是娑婆本師力若非本師知識勧弥陀浄土云何入
【読方】光明師のいわく、唯うらむらくば衆生の疑うまじきを疑うことを。浄土対面してあい忤〈さから〉わず。弥陀の摂と不摂とを論ずることなかれ。こころ専心にして回すると廻せざるとにあり。 乃至 あるいはいわく、今より仏果にいたるまで、長劫に仏をほめて慈恩を報ぜん。弥陀の弘誓の力をこうむらずば、何れの時いずれの劫にか娑婆をいでん。 乃至 いかんが今日宝国にいたることを期せん。まことにこれ娑婆本師のちからなり。もし本師知識のすすめにあらずば、弥陀の浄土いかんしてか入らん。
【字解】宝国 弥陀の浄土のこと。
【文科】以下善導大師の八文を引用せらる。初めは『般舟讃』の三文である。
(2-499)
【講義】光明寺の善導大師の宣わく、衆生が疑うまじきことを疑うは、まことに慨〈なげ〉かわしいことである。信心さえあれば、浄土は目前にありて、悪人は行かれぬというようなことはなく、至って参り易いのである。阿弥陀如来が、助けて下さるか助けて下さらぬか、かれこれいうことはない。一念の信心あって、浄土へ参りたいという回願の心があるかどうかが第一の問題である。
或る浄土の行人はいう。今日ただ今からして、臨終の夕〈ゆうべ〉仏果を開かして貰うまで、その間、仏徳を讃嘆して、大慈大悲の御恩の万分の一を報じ奉ろうと思う。阿弥陀如来の本願を受けなんだならば、何万劫かかったところが、どうしてこの娑婆世界を出離することが出来ようぞ。
今日浄土へ生まれさしていただこうとはどうして、思おうぞ。かく往生することの出来るのは、皆これ裟婆世界の釈迦如来の御力である。もし、釈迦如来の御勧めがなかったならばどうしてこの弥陀如来の浄土へ往生することが出来たであろうぞ。
又云仏世甚難値人有信慧難遇聞希有法斯復最為難自信教
(2-500)
人信難中転更難大悲弘普化真成報仏恩
【読方】またいわく、仏世はなはだ値いがたし。ひと信慧あることかたし。たまたま希有の法をきくこと、これ復もっとも難〈かた〉しとす。自ら信じ、人を教えて信ぜしむること、難きがなかに転たまた難し。大悲ひろく普く化する、まことに仏恩を報ずるに成ると。
【文科】『礼讃』の文を引いて、値仏、聞法の難、並びに真の仏弟子の自行化他をのべたまうのである。
【講義】又宣うよう。仏の御出世の世に生まれ遇わすということは非常に難事である。又他力回向の信心を頂くということも、非常に難事である、別して世に希有〈まれ〉な弘願念仏の法〈みのり〉をきくということは、甚だむずかしいことである。自ら弘願念仏の法を信じて、これを人にも信ぜさせるということは、難事の中の難事である。阿弥陀如来の大悲を、広く人々に伝えて信ぜしむるは、真に報仏恩の大行である。
又云弥陀身色相金山相好光明照十方唯有念仏蒙光摂当知本願最為強十方如来舒舌証専称名号至西方到彼華台聞妙法十地願行自然彰
【読方】又云わく、弥陀の身色は金山のごとし、相好の光明は十方をてらす。ただ念仏のもののみ有りて光摂
(2-501)
をこうむる。まさに知るべし、本願もとっもこわしとす。十方の如来、舌をのべて証したまう。もっぱら名号を称して西方にいたる。かの華台にいたりて妙法をきく。十地の願行自然にあらわる。
【字鮮】一。相好 よきすがた。果報勝れた色身に具わる形相、三十二相八十随形好に分けらる。
二。十地願行 十地の菩薩の修める無量の願行のこと。
【文科】『礼讃』によりて真仏弟子の光摂をのべたまう。終りの浄土の聞法は差別相である。
【講義】又宣わく、阿弥陀如来の御身〈おからだ〉の色は、さながら閻浮檀金のようである。阿弥陀如来の八万四千の御相好からは、八万四千の光明が流れ出で、十方の世界を照して下さるのである。如来を信じ念仏する人々だけが、この摂取の光明にすくわれて御護りをうけるのである。何故ならば、弥陀如来の本願は雑行をすてて、念仏するものを摂取するというので、私共のすくわるるは、偏〈ひとえ〉にこの本願を強縁とするからである。十方世界の諸仏如来が、広長の舌相を出だして証誠し給うのは、一切の衆生に専ら弥陀如来の名号を称えて、西方の浄土へ往生せよと勧めて下さるのである、彼の蓮華蔵世界即ち御浄土へ参って、妙法〈みのり〉を聴聞すれば、十地の菩薩の願も行も、一時に往生人の上に顕われて来るのである。
又云但有専念阿弥陀仏衆生彼仏心光常照是人摂護不捨総
(2-502)
不論照摂余雑業行者此亦是現生護念増上縁 已上
【読方】またいわく、ただ阿弥陀仏を専念する衆生のみありて、かの仏の心光つねにこの人をてらして、摂護して捨てたまわず。すべて余の雑業の行者を照摂することをば論ぜず。これ亦これ現生護念増上縁なり。已上
【字解】一。雑業行者 自力の心から種々雑多な行を修める人。
二。現生護念増上縁 善導大師の『観念法門』に明かせる五種の増上縁の一。増上縁とは、力を与えて、他の障碍〈さわり〉を受けしめぬこと。阿弥陀如来が、現生に信心の人を護念し給うををいう。
【方科】『観念法門』によりて真仏弟子の心光照護をしめしたまう。
【講義】又宣うよう。傍目〈わきめ〉も振らず、ひたすら阿弥陀如来の名号を称うる衆生があれば阿弥陀如来はその心光を以て、この人を照らし護って、離し給わぬのである。念仏の外の雑行を修する行者を摂取し給うとはいうてない。その心光摂取ということが、五種の増上縁の中の現生護念増上縁である。
【余義】一。此の下「専念阿弥陀仏」の専念に両釈あり。一は上の一心の転釈の初めに「宗師(善導)の専念と云えるは、即ちこれ一行なり」と仰せられて、専念は称名念
(2-503)
仏であるとせらる。二は『一多証文』九丁に「但有専念阿弥陀仏というは、ひとすじに弥陀仏を信じたてまつるともうす御ことなり」と云われて、専念は信心であるとせらる。これは例の信の一念、行の一念は一つであるという御思召から、二様に解せられても.畢竟内容〈なかみ〉は一つであるのである。一つの文を信と行とに解せらるることによりて、行信不離を示し給うものである。
次に「心光」については『一多証文』九丁に「仏心光」とは、無碍光仏の御こころともうすなり」とあり。八釜敷く色光心光の区別を立つるに及ばぬ。如来の大悲照護の心のことである。この大慈悲心が、常に信念仏の行者を摂護し給うというのである。
又云言心歓喜得忍者此明阿弥陀仏国清浄光明忽現眼前何勝踊躍因茲喜故即得無生之忍亦名喜忍亦名悟忍亦名信忍此乃玄談未標得処欲令夫人等[キ03]心此益勇猛専精心想見時方応悟忍此多是十信中忍非解行已上忍也
【読方】またいわく、心歓喜得忍というは、これ阿弥陀仏国の清浄の光明、たちまちに眼〈まなこ〉のまえに現ぜ
(2-504)
ん。なんぞ踊躍にたえん。この喜びによるがゆえに、すなわち無生の忍をうることを明かす。また喜忍となづく。また悟忍となづく。また信忍となづく。これすなわち玄〈はるか〉に談ずるに、いまだ得処を標〈あら〉わさず。夫人をしてひとしく心に、この益を[キ03]〈ねが〉わしめんと欲う。勇猛専精にして、心にみんと想うとき、まさに忍をさとるべし。これ多くこれ十信のなかの忍なり。解行已上の忍にはあらざるなり。
【字解】一。無生之忍 無生は、浄土の無生無滅の証〈さと〉りのこと。忍は認可決定。必ず浄土へ往生して、証りを開くに決定せること。今は信決定とともに獲る正定聚の位を指す。
二。喜忍、悟忍、信忍 上の無生忍の内容を明かす。喜忍は、浄土往生の信を獲て心に喜ぶこと。悟忍は、名号の謂われを聞いて、心に疑いの霽〈は〉れたこと。信忍は、信心決定の心をいう。
三。十信 五十二位の中の前十位。教を信じて疑わざる位である。凡夫の位と見ればよい。
四。解行 五十二位中十信の上位たる十住、十行の位のこと。十住の菩薩は、真如の理を観ずるから解といい、十行の菩薩は十波羅密の行を修むるから行というたもの。共に聖者の位である。
【文科】「序分義」によりて信の一念を説示せらるる一段である。
【講義】又宣うよう。『観経』の序分に「心歓喜故得無生法忍」とあるは、下のような意味があるのである。阿弥陀如来の清浄の御光明〈みひかり〉が、忽然として眼の前に現われて下さるので、身心の躍り上る程に喜びに堪えない。この喜びの湧き出でたに依って、無生法忍
(2-505)
(信心)を頂く。この無生法忍は、その内容に依って、喜忍とも悟忍とも信忍とも名づけられる。扨て今この無生法忍を獲るのは、予め吾等凡夫の手前に何時何処といっで決定〈きめ〉る訳にはゆかぬ。唯信心の一念に韋提希夫人と等しく、この信心の大利益を得るのである。即ち心を専一にして、真直〈まっすぐ〉に、阿弥陀如来を見奉りたいと願う時に、この信心を頂くのである。
今この『観経』の無生法忍は、凡夫の位の十信に於いて頂くもので、決して十住十行以上の聖者の頂くものではない。
【余義】一。古来此の下に「韋提得忍」という論題が起こりて、様々に論ぜられている。即ち『観経』に於いて.得忍の文が二ケ所ある。一は序分の文で「彼の国土の極妙の楽事を見て、心に歓喜するが故に、時に応じて、即ち無生法忍を得」。此の下に解釈せらる、文である。二は得益分に「仏身及び菩薩を見たてまつることを得て、心に歓喜を生じ、未曾有なりと歎じて、廊然大悟して無生忍を得」の文である。なお経文には表われていないが、善導大師は『散善義』二十八丁に韋提希夫人は第七華座覿に於いて、無生法忍を得たと釈された。即ち此の観法には、釈尊が韋提希夫人に「まさに汝が為に、苦悩を除く法を分別し解説すべ
(2-506)
し」と云われた時、無量寿仏、観音、勢至の二菩薩とともに忽然として空中に顕現〈あらわ〉れ給うた。韋提希夫人は、此の見仏の時、得忍せられたと云うのである。
さすれば、韋提の得忍の場合は、一経中三ケ所であると云わねばならぬ。尤も此の中〈うち〉得益分の文に就いては、諸説一様に、唯上の得益の場合を重ねて述べたまでに過ぎないことに一致しているが、問題となっているのは、序分得忍、第七華座得忍の二ケ所である。
二。然るに善導大師に就いては、上述の『散善義』の文の外に『玄義分』二十一丁にも
「韋提の得忍は、出でて第七観の初めにあり」と云われてあるから、第七観得忍は明らかである。そして此の下の文も「これ乃ち玄〈はるか〉に談ずるに未だ得処を標〈あら〉わさず、夫人をして、心に此の益を等しく[キ03]〈こいねが〉わしめんと欲す」と読むべきであるから其の意味も、序分ではまだ得忍の場合を明示してないが、第七華座観に於いて極楽の正報を見、心に歓喜する時に、無生法忍を得るであろうと、唯夫人をしてこの得忍の利益を予め願わしめたに過ぎないというのである。更に『定善義』十八丁に「声に応じて即ち証得往生を現わす」と云いて、釈尊の苦悩の法を説くであろうと仰せられた声に応じて一仏二菩薩が現われ給うたのは、そのまま韋提希夫人の得忍の相であるというのである。良〈まこと〉に大師のこの見解は善美を尽くしているのである。
(2-507)
あの夫頻婆娑羅王は我子阿闇世に幽閉せられて死にいたり、我身も牢獄に幽閉せられて、命懸けに救済を求めた夫人は、この仏身を見ることによりて救われたのである。仏身を観るとは仏の大慈悲心を観ることであるとは、第九真身観に説き給う所である。即ち夫人はここに初めて如来の大慈悲を感得したのである。大師が得忍の場合を第七華座観とせられたのは、動かすべからざる権威である。
更に進んで善導大師の韋提希観を略述せねばならぬ。之は『第一巻』の総序の下に詳述されてあるが、浄影、天台等の諸師は、一様に韋提希夫人を権者聖者としてあるが、大師は独り此の空漠なる理想観に反対して、飽迄も現実批評の上に立ち、序分の「汝は是凡夫なり。心想羸劣」云々によりて、韋提夫人を文字通りに凡夫とせられた。この凡夫の夫人が獄裏の悲痛に泣きながら救済を求めた始終が観経一部であると見られたのである。かようにして今迄一巻の教訓書として徒〈いたずら〉に飾って眺められた『観経』が、初めて大師の血肉を以て読まれ、そして人生の上に活躍し来ったのである。即ち他力宗教の復活である。大師は韋提希夫人とともに親しく『観経』の会坐にありし想いを以て本経を色読せられた。あの痛切なる三心釈の告白は、明らかに獄裡の韋提夫人と同様の心を懐いておられれことを
(2-508)
示している。大師は正しく第七華座観に於いて、仏心を感得せられたのであった。否、大師の眼を以て見れば、第七華座観は、自己の仏心感得の表現である。この見解に立ちて、韋提の得忍を第七華座観と決せられたのである。
三。善導大師にありては、かように明晰であるから一言も之に加える余地がないのであるが、吾聖人の本経に対する見解が、一見、大師と異なる所から、従って此の得忍の場合にも問題が起こって来たのである。
即ち聖人が本経によって弘願他力を釈せらるる際には、多く序分に就いて述べられ、却って第七観に依られることはない。総序には「釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまえり」と云い『化巻』八ノ二十丁には「韋提別選の正意に因りて、弥陀大悲の本願を開闡したまえり」同、八の二十二丁には「教我思惟というは方便なり。教我正受というは、即ち金剛の真心なり」と宣給い、其の他『観経和讃』にも多く序分に就いて讃詠せられてある。是等の文によりて見れば、我聖人は韋提の得忍を序分と見られるのではないかという見解が起こったのである。
吾等はここに韋提の得忍論を且く措き、聖人の本経に対する見解に就いて一言せねばならぬ。さすれば、此の問題も自ずと氷解せられるのである。即ち聖人は本経の上に隠顕の両義
(2-509)
を認められた。本経の表面は定散二善の観法を説いたのであるが、其の裏面に流るる経意は、大経と等しく弘願の信心を説いたと云うのである。善導大師は、大体上顕説に就いて一経を解釈せられたが、其の正意は矢張り弘願の信心であると示された。されど解釈の体裁が顕説に依られることであるから、今の得忍の場合も勢い第七観とせざるを得ない。然るに我聖人は一経全体を裏面より観察して、そのまま弘願他力の教説と見られたのである。
大師の見解に就いては、聖人は素より同意し給う処である。然るにも係らず異を樹〈た〉てられる所以は、深く大師の幽意を探り、一経の深義を汲みて、益々深く大悲の誓願を色味し顕彰せんが為である。聖人の信仰より云えば、本経一部の始終は、全く御自身一人の為の如来の方便である。故に本経開説の動機たる王舎城の悲劇の人々は皆大権の聖者である。是は観経和讃に示し給う所である、従って韋提希夫人に就いて云えば、実業の凡夫として第七観に得忍するとともに、また権者として経の初めより終りまで、吾等の為に獲信の先達である。唯是丈である。是より外夫人に関して多く云うを要せられなかった。古来、この下の引文に就いて、特に我聖人が韋提得忍の場合を序分、華座観の何れとせられしかという問題を提起することが、其の当を得ておらぬと思う。問題を起す丈が間違ってい
(2-510)
ると思う。韋提の得忍論は、諸師の権者説に対して大師が夫人を凡夫と見られた、そこに起こる問題である。即ち大師が第七得忍と決せられた時に、此の問題は終りを告げたのである。是がこの問題に対する最後の鉄案である。我聖人が何んでこの断案に異議を狭まれようぞ。但聖人の見解は、此の現実観の基礎に立ちて、其の第七華座観に於いて得忽せられた現実の夫人は、そのまま一経の幽意から見れば、浄土教興起の大立物として、権者の役目を演ぜられたと色味せられたのである。かくて経文の所在如何を問わず、弘願他力の文を自由に摘出せられたのである。殊に自己の信仰を中心として考えれば、本願を実人生に表わせし本経の興起が尤も適切に感ぜられる。是れ序分を多く信文類として解釈せられる所以である。下の阿闍世王の帰仏の長い引文も、畢竟『観経』序文の内容に外ならぬ。然るに信心の文として序文に依らるる故を以て、韋提の得忍を序分にあり等と云うが如きは、全く問題の出し場を誤っているのである。吾等は先ずこの点を明らかにして改めて此の下の引文を見ねばならね。
四。此の下の文は、唯入正定聚の証文である。即ち信心の内容を表現した文字である。文字は善導の文字であるが、文意は全く聖人の特殊の見解を表わしているのである。この
(2-511)
まま文の出拠なぞを調べずに、すらすらと解釈すれば却って聖人の真意が取られるのである。即ちそれが善導の真精神を裏から打ち出したものである。之を*(キュウ 愍−民+求)〈なまじ〉い善導の文として見る故に、要らぬ問題まで惹き起こし、のみならず二聖の真意に遠ざかるのである。唯信の一念に、心眼に光曜を感じ、身心の歓喜を感ずる。それが無生法忍である。無生の生の証りを開くべき忍可決定せる所、正定聚に住した所である。之を成就文に配すれば、信心が信忍、歓喜が喜忍、即得往生が悟忍である。故に『文類正信偈』の善導の下には「必ず信喜悟忍を獲〈う〉」と仰せらる。「玄〈はる〉かに談ずるに未だ得処を標〈あら〉わさず」は、この三忍を得ることは、信決定の時であるから、予〈あらかじ〉め前もって何時り定めることは出来ないの意。「欲令夫人等[ケ01]心此益」は「夫人と等しく心に此の益を[ケ01]〈ねが〉わしめんと欲す」と読み、『正信偈』の「韋提と等しく三忍を獲」の意味で吾等が一念の信心の時、韋提希夫人と等しく喜悟信の三忍を獲〈う〉というのである。「勇猛専精にして心に見んと想う時」等は、命懸けに如来に縋〈すが〉るとき、後生助け給えと頼むとき、地獄は一定住処ぞかしと、自力の心を投げだす時に、この三忍を獲というのである。
終りに「此れ多くは是十信中の忍なり」等とは「此れ多くは是れ」は「願うに是れ」とか
(2-512)
「恐くは是れ」という位の意。「十信中の忍なり」とは韋提の得忍(即ち吾等の得忍)は、十信位にて獲られたものであるというのである。聖人は信心の位を、或時は補処位とし、歓喜地とせられ、今は善導に依りて十信位の無生法忍とせらる。是等は在来の名目の中、その意義の適当なるものを択んで信心位に擬せられるので、普通の修道の階級をもって判ずることが出来ないのである。即ち今善導が、諸師の韋提希夫人を初地以上とするに反して、下位の十信位とせらるるに依らる。蓋し是れ諸師に対する善導の所説を依用せられし迄でに過ぎないのであるが、其の名の十信が信心位を彰わすに適当であると思われたのであろう。ここでは唯〈ただ〉解(解は十解、即ち新訳の十住のこと)行(十行)以上の高位の修道者でない。その下位の十信位である、凡夫位であるということが主眼である。是以上種々の経文に当て、論ずるが如き寧ろ無用に近いと云わねばならぬ。
又云従若念仏者下至生諸仏家已来正顕念仏三昧功能超絶実非雑善得為比類即有其五一明専念弥陀仏名二明指讃能念之人三明若能相続念仏者此人甚為希有更無物可以方之
(2-513)
故引芬陀利為喩言芬陀利者名人中好華亦名希有華亦名人中上上華亦名人中妙好華此華相伝名蔡華是若念仏者即是人中好人人中妙好人人中上上人人中希有人人中最勝人也四明専念弥陀名者即観音勢至常随影護亦如親友知識也五明今生既蒙此益捨命即入諸仏之家即浄土是也到彼長時聞法歴事供養因円果満道場之座豈[シャ02] 已上
【読方】またいわく、若念仏者より、しも、生諸仏家にいたるこのかたは、まさしく念仏三昧の功能超絶して、まことに雑善をして比類とすることを得るにあらざることを顕わす。すなわちその五あり。一には、弥陀仏名を専念することをあかす。二には、能念の人を指讃することをあかす。三には、もしよく相続して念仏する者、この人はなはだ希有なりとす。さらに物として以てこれに方〈たくら〉ぶべきことなきことを明かす。かるがゆえに芬陀利をひきてたとえとす。芬陀利というは人中の好華となづく。また希有華となづく。また人中の上上華となづく。また人中の妙好華となづく。この華あいつたえて蔡華となづくるこれなり。もし念仏の者は、すなわちこれ人中の好人なり。人中の妙好人なり。人中の上々人なり。人中の希有人なり。人中の最勝人なり。四には弥陀の名を専念する者は、すなわち観音勢至、つねに随いて影護したまうこと、また親友知識のごとくなることを明かす。五には今生にすでにこの益をこうぶれり。命を捨ててすなわち諸仏の家にいる
(2-514)
ことをあかす。すなわち浄土これなり。かしこにいたりて長時に法をきき歴事供養せん。因まどかに果満す。道場の座、あに[シャ02]ならんや。已上
【字解】一。蔡華 要は亀である。聖人の出世に、白亀が千葉の白蓮華に乗りて顕わるると伝う。故にこの蓮華を祭華という。
二。歴事供養 諸仏の浄土へ遊歴して、奉事し供養すること。
【文科】『散善義』によりて真仏弟子を讃美し、更にその大いなる得益をのべたまう。
【講義】又宣うよう。『観経』の流通分に「若念仏者当知此人是人中芬陀利華、観世音菩薩、大勢至菩薩為其勝友、当坐道場生請仏家(もし念仏するひとは、知るべし、この人これに人中の芬陀利華なり、観世音菩薩、大勢至菩薩、その勝友となり、道場に坐し諸仏の家に生まるべし)」とあるは、これは、念仏三味が、余の一切の定散の雑善に勝れて、全く比べものにならぬということを示すのである。この文が五つに分かれて、「若念仏者」というは、専ら弥陀の仏名を称えるものを示し、二、「当知此人」というは、その称える人を挙げてこの人はと読めるのである。三、「是人中芬陀利華」というは、かく念仏相続する人は、世間に人は多いけれども非常に稀〈まれ〉なものである。この人の勝れたことを比べるにも比べるものがないから、白蓮華を引いて讃〈ほめ〉たのである。芬陀利華に就いては、人中の好華、希有華、人中の上々華、人中の妙好華などと名づけられて居るが、この支那の国では蔡華のことである。それで念仏者は、人中の好人、人中の妙
(2-515)
好人、人中の上々人、人中の希有人、人中の最勝人だということにある。次に四、「観世音菩薩大勢至菩薩為其勝友」というは、専修念仏の行者をば観音勢至の二菩薩が常に影の形に添うが如く、護りづめに護って、勿体なくも友達知人となって下さるということである。最後に五、「当座道場生諸仏家」というは、この念仏の行者は、今生に於いて眈に斯くの如き大利益を得て居るが、命終れば、直〈すぐ〉に浄土に生まれさして頂き、──諸仏の家というは極楽浄土のことである──往生以後は、諸の仏国に往来して、いつまでもいつまでも妙法を聴聞し、諸仏如来に御事〈おつか〉え申し供養し奉るであろう。かく因も、果も一時に円満するのであるが、その御浄土も遠いことかと思えばやがて間もないことであるということを説き明かすのである。
第四科 傍依釈文証
王日休云我聞無量寿経衆生聞是仏名信心歓喜乃至一念願生彼国即得往生住不退転不退転者梵語謂之阿惟越致法華経謂弥勒菩薩所得報地也一念往生便同弥勒仏語不虚此経寔往生之経術脱苦之神方応皆信受 已上
(2-516)
【読方】王日休がいわく、われ無量寿経をきくに、衆生この仏名をききて、信心歓喜せんこと乃至一念せんもの、彼の国に生ぜんと願ずれば、すなわち往生をえ、不退転に住すと。不退転は、梵語にはこれを阿惟越致という。法華経にはいわく、弥勒菩薩の所得の報地なり。一念往生すなわち弥勒におなじ。仏語むなしからず。この経はまことに往生の経術、脱苦の神方なり。みな信受すべし。已上
【字解】一。王日休 宋朝の人。龍舒に生まる。儒学に通ぜしが、後深く浄土教に帰依し、所謂龍舒の『浄土文』十二巻を編ず。今引く所の文は、『浄土文』に載せられたる跋文で、唯心居士、周葵の作った文であるが、態〈わざ〉と同書の編者の名にて出し給う。
二。阿惟越致 梵語アイニワルトヤ(Avinivartya)又はアワーイワルテカ〔Avaivartika)不退、不退転無退等と訳す。必ず仏になるに定りたる位。委しく云えば、決して退堕せざる菩薩の位。その位は必ず仏になるに定まっているのである。
三。『法華経』具には『妙法蓮華経』八巻。姚秦の世、天竺沙門鳩摩羅什の訳。二十八品より成る。前十四品は迹門と称し、伽耶近成の釈尊が、三乗を開会して、一乗法に帰せしめることを説き、後十四品の本門には、伽耶近成の釈迦如来を開会して、久遠実成の古仏を顕示している。
【文科】傍依の証文として『浄土文』によりて信の一念をときたまう。
【講義】王日休いわく。我承るに、『大無量寿経』に説かれてある所は、要するに左の語にきわまっている。すべての衆生が、阿弥陀仏の御名をきき、信心を起こし、身心共に
(2-517)
歓喜し、たとい一念でも阿弥陀仏をたのむ思いを起こし、極楽浄土へ生まれたいと願えば、時をへだてず日をへだてず、すぐさま往生する身に定まり、不退転の位に住することを得る。
不退転というは梵語で、阿惟越致と称する。『法華経』寿量品に依れば、この不退転とい
うは、弥勒菩薩が、因位の修行に酬いあらわれて得給うた地位である。して見れば他力の行者は、信の一念にいよいよ往生する身に定まり、弥勒菩薩と同じ位になるのである。仏の御説きなされた御語には決して虚偽はない。
してみれば、この『大無量寿経』は、まことに、浄土往生の近路〈ちかみち〉と妙術を教え、娑婆の苦悩を解脱する不思議の方法を示す経典である。みな信受いたさねばならぬ。
【余義】一。上の文中、終りの「此経寔往生之経術、脱苦之神方(この経はまことに往生の経術、脱苦の神方)」の十三字は、『浄土文』の本文にはない、聖人の加え給う所である、顧〈おも〉うに次上の「仏語不虚」の内容を彰わす御思召と見える。吾等が聞信の一念に往生の大益を獲、第二の釈尊たる弥勒菩薩と同じ位に入るということを教うる大経は、寔に往生の近道、離苦得脱の神方であると仰せられるのである。
(2-518)
大経言仏告弥勒於此世界有六十七億不退菩薩往生彼国一一菩薩已曾供養無数諸仏次如弥勒
又言仏告弥勒此仏土中有七十二億菩薩彼於無量億那由他百千仏所種諸善根成不退転当生彼国 抄出
【読方】大経にのたまわく、仏、弥勒につげたまわく、この世界より六十七億の不退の菩薩ありて、かのくにに往生せん。一々の菩薩は、すべてむかし無数の諸仏を供養せりき。ついで弥勒のごとし。
またいわく、仏、弥勒につげたまわく、この仏土のなかに、七十二億の菩薩あり。かれは無量億那由他百千の仏のみもとにして、もろもろの善根をうえて、不退転を成ぜるなり。まさに彼の国に生すべし。抄出
【文科】上にあげた王日休の文を証せんが為に『大経』と『如来会』の二文を引きたまう。
【講義】『大無量寿経』に言わく、仏、弥勒菩薩に告げ給うよう、この世界には六十七億の不退転位の菩薩があって、皆浄土へ往生するに定まっている。この不退の菩薩は、皆、むかし、三恒河沙の諸仏の御許にあって、諸仏如来を供養し奉った宿善のある人々である。而して、この不退というも初地二地の低い不退の位ではなく、弥勒菩薩に同じく等覚の不退の位である。
(2-519)
『無量寿如来会』に言わく、仏、弥勒菩薩に告げ給うよう。この仏土の中には、七十二億の菩薩あって、むかし、数にも量られぬ那由他百千の諸仏の御許にあり、この諸仏如来を供養して善根功徳を植え、今その宿善に依って法を聴いて、不退転の位に入ったのである。この不退転位の菩薩等は、皆やがて、彼の浄土へ往生するのであろう。
【余義】一。この文は『大経』の正宗分の終りに説かれた此土の菩薩の極楽往生を示す文である。即ち上の王日休の分を証拠立てる為に引用せらる。是等の不退の菩薩に就いては、多くの註釈家は、一様に三賢位以上の聖者とするが、聖人は凡聖善悪を択ばず、凡て此世界より往生する人とせられた。『一多証文』六丁に
この真実信楽は他力横超の金剛心なり。しかれば念仏の人をば、大経には次如弥勒とときたまえり。乃至次知弥勒ともうすは、次はちかしという。つぎにという。ちかしというは、弥勒は大涅槃にいたりたまうべきひとなり。このゆえに弥勒のごとしとのたまえり。念仏信心の人も、大涅槃にちかづくとなり。
つぎにというは、釈迦仏のつぎに、五十六億七千万歳をへて、妙覚のくらいにいたりたまうべしとなり。
(2-520)
如はごとしという。ごとしというは、他力信楽の人は、このよのうちに、不退のくらいにのぼりて、かならず大般涅槃のさとりをひらかんこと、弥勒のごとしとなり。
この懇切なる解釈によりて、「次知弥勒」の一連の文中にある是等の不退の菩薩が信心の行者を指すことは明らかである。即ち上の引文の終りに、「他力信楽の人は、このよのうちに不退のくらいにのぼる」というがそれである。この大経の菩薩を信心の行者とせらるるは、誠に卓見と云わねばならぬ。
なお他力信心の人は弥勒に等しいと云うことについては、『愚禿鈔』九丁、『末灯鈔』十丁、十八丁、三十五丁、四十丁等に聖人が屡々仰せられる所である。弥勒と等しとは、如来と等しと云うことである。『末灯鈔』三十五丁に
弥勒はいまだ仏になりたまわねども、このたびかならず仏になりたまうべきによりて、弥勒をばすでに弥勒仏と申し候なり。その定に真実信心をえたるひとをば、如来とひとしと仰せられて候なり。
これ実に不可思議の功徳を有する真仏弟子の面目である。蛆のような罪濁の渺〈びょう〉たる小凡夫が、一念の信念によりて、この無辺深大の証悟を開発することは、不可思議中の不可思議、
(2-521)
至幸中の至幸である、聖人が自らの信に驚嘆せられ、歓喜せられた心持ちは次の私釈の文に鮮かに見られることである。
律宗用欽師云至如華厳極唱法華妙談且未見有普授衆生一生皆得阿耨多羅三藐三菩提記者誠所謂不可思議功徳之利也 已上
【読方】律宗の用欽師のいわく、至れること華厳の極唱、法華の妙談にしかんや。かつはいまだ普授あることをみず。衆生、一生にみな阿耨多羅三藐三菩提の記をうることは、まことにいう所の不可思議功徳の利なり 已上
【字解】一。律宗の用欽師 宋の人、銭唐の七宝院に住す。元照律師に律を学び、弟子にいうよう「生きては律を弘め.死しては、弥陀の浄土へ往生するであろう」と。かくして心を専にして日課念仏すること三万遍に及ぷ。或日、心、浄土に遊びて親しく荘厳を拝し、侍者に云うよう「我、明日、西方浄土に往生するであろう」と、果して翌日に、合掌して両に面し、結跏趺坐して逝く。
二。華厳極唱 唱は説くこと。至極の説ということ。即ち『華厳経』は、仏成道第二七日に、普賢菩薩等に対して、幽遠広大なる一乗の極現を説かれたことであるから、華厳の梅唱という。
(2-522)
三。法華妙談『法華経』は釈尊の晩年に、円熟したる妙不思議の法門を説かれしにより、法華妙談という。
四。普授 授は授記、当来仏になる許可を与える事。故に普授とは、一切衆生に普く授記する事。
【文科】用欽師の釈によりて真仏弟子のうち他力不可思議の利益を示したまう。
【講義】律宗の用欽師はいわく。仏教に八万四千の教門はあるけれども、『華厳経』の至極の説法、『法華経』の妙不思議の説法に及ぶものはない。然しこの華厳法華の教えでも、いまだ、一度に一切衆生に悉く成仏の記別を授けることはしない。あらゆる衆生がこの一生をすぐれば、皆浄土に往生して阿耨多羅三藐三菩提を得るという記別を受けることは、
実にこの『阿弥陀経』の思い議〈はか〉ることの出来ない功徳の大利益である。
第五科 結釈
真知弥勒大士窮等覚金剛心故龍華三会之暁当極無上覚位念仏衆生窮横超金剛心故臨終一念之夕超証大般涅槃故曰便同也加之獲金剛心者則与韋提等即可獲得喜悟信之忍是則往相回向之真心徹到故籍不可思議之本誓故也。
【読方】まことにしんぬ、弥勒大士は、等覚の金剛心をきわむるがゆえに、龍華三会のあかつき、まさに無上
(2-523)
覚位をきわむべし。念仏の衆生は、横超の金剛心をきわむるがゆえに、臨終一念のゆうべ、大般涅槃を超証す。かるがゆえに便同というなり。しかのみならず、金剛心をうる者は、すなわち韋提と等しく、すなわち喜悟信の忍を獲得すべし。これすなわち往相回向の真心、徹到するがゆえに、不可思議の本誓によるがゆえなり。
【字解】一。弥勒 梵音梅怛利耶(Maitreya)、慈氏と訳す。『上生経』に依れば、姓は阿逸多(Ajita)、と云い、南印度の婆羅門であったが、兜率天に生まれ、現に兜率の内院にありて、説法し、釈尊滅後五十六億歳の後、閻浮提〈このよ〉に下生し、龍華樹の下に正覚を開き、三会を開きて法輪を転じ、一会の説法に道を獲るもの九十六億人、第二会には九十四億人、第三会に.九十二億人と称せらる。之を龍華三会という。釈迦仏の後に此の世に出でて其の処を補い、説法教化せらるべき候補の仏なるにより補処の弥勒と云う。
二。等覚 五十二位中の第五十一位。等正覚、金剛心、一生補処とも名づく。第十地の菩薩の最後心に於いて、更に一品の無明を断じてこの位に入る果上の妙覚の位に比ぶれば、ただ一品の無明を残す丈であるから、羅網を隔てて月を見るようであるという。殆ど仏果に等しいから等覚という。
三。金剛心 等覚の位に入る菩薩の心。堅固にして衆魔等の動乱すべからざること、金剛のようであるというので金剛心という。他力の信心をも指す。
四。龍華三会 上の弥勒の下を見よ。
五。韋提 具には韋提希、本名はチェーラナー(Chellana)、中印度摩竭陀国の主、頻婆娑羅王の妃である。恒河を隔てた北方の隣国毘舎離(Vaisali)国王、チェータカ(Chetaka)王の娘である。其の本国の名に従って、韋
(2-524)
提希(Aaidehi)即ち毘舎離女と呼ばれたのである。思惟、勝身、勝妙身等と訳せらる。頻王が其の子阿闍世王の為に幽閉せられてから、夫人は深く人生の頼み難いことを感じ、釈尊に説法を請うたので、釈尊に彼女の為に『観無量寿経』を説かれた。
六。本誓 本弘誓願。阿弥陀如来の本願のこと。
【文科】真仏弟子は等覚の弥勒と等しい位に定められていることをのべて結釈したまうのである。
【講義】まことや弥勒菩薩は自力を以て、等覚金剛心の位まで昇りつめ給うた方であるから、五十六億七千万年の後、龍華三会の暁に、この上ない仏果を御開きになるのである。念仏の衆生は、他力横超の金剛心を頂いて居るから、この娑婆の生命の終り次第に、一足飛びに飛び超えて大般涅槃を証るのである。斯く弥勒菩薩も等覚不退の位に住し、念仏の衆生も正定聚不退の位に住するから、衆生は汚れた身心を持ち乍ら、勿体なくも全く弥勒菩薩と同じだといわれるのである。それのみならず、かくの如く他力の金剛心を頂いた衆生は又、韋提希夫人にも同じく、喜忍、悟忽、信忍の三忍を得るのである。かくの如く三忍を頂くは、とりもなおさず、如来から御与え下さるる往相回向の真心〈まことこころ〉が、衆生の胸にいたりとどいて下されるからである。これ皆、阿弥陀如来の誓願の御力に依るのである。
(2-525)
禅宗智覚讃念仏行者云奇哉仏力難思古今未有
【読方】禅宗の智覚、念仏の行者をほめていわく。まれなるかな、仏力難思なれば古今もいまだあらず。
【字解】一。智覚 名は延寿、字は仲玄、智覚はその賜号である。求道者、参問なれば、直指人心の禅悟を提唱し、日暮るれば別峰に行きて念仏を行ず。忠懿王師に帰依し、西方香厳殿を立てて居らしむ。開宝八年(西暦九七五年)二月二十六曰寂。弟子一千七百人。『宗鏡録』百巻を著わす。
【文科】上の結釈の証文として智覚禅師の語を引きたまうのである。
【講義】禅宗の智覚師は念仏の行者を讃嘆して、不思議なる哉、斯くの如き不可思議の大利益は、古今未だ曾てない所であると云われた。
律宗元照師云鳴呼明教観孰如智者乎臨終挙親経讃浄土而長逝矣達法界孰如社順乎勧四衆念仏陀感勝相而西邁矣参禅見性孰如高玉智覚乎皆結社念仏而倶登上品矣業儒有才孰敦如劉雷柳手厚白楽天乎然皆秉筆書誠而願生彼土矣 已上
【読方】律宗の元照師のいわく。鳴呼。教観に明らかなること、たれか智者にしかんや。おわりにのぞん
(2-526)
で観経を挙し、浄土を讃じてながく逝〈ゆき〉ぬ。法界に達せること、たれか杜順にしかんや。四衆をすすめ、仏陀を念じて、勝相を感じて西に邁〈ゆき〉ぬ。禅にまじわり性をみること、たれか高玉智覚にしかんや。みな社をむすび仏を念じて、ともに上品にのぽりき。業儒、才あるたれか劉、雷、柳子厚、白楽天にしかんや。しかるにみな筆をとりまことを書して、かの土に生ぜんと願じき。 已上
【字解】一。元照 上三〇九頁を見よ。
二。教観 教相と観法。教相とは、釈尊が一代の間に説きたまえる教法に様々の説相あること。観法とは、法を心に観ずることで、事理を心に浮かべて 明らかに悟ること。
三。智者 智者大師。俗性は陳氏、本名は智[ギ01]、天台宗の開祖。梁の大同四年、荊州華容県に生まる。十八歳にして父母を失い、出家して慧光律師に学び、慧思禅師に師侍し、三十二歳にして、陳都金陵の瓦官寺に於いて『法華玄義』を講ず。当代の碩学みな其の講坐に列なる。大建七年三十八歳にして、天台山に入り苦練すること九年、隋の揚帝に帰依せらる。開皇二年荊州玉泉山に玉泉寺を建て、十三年『法華玄義』を、十四年『摩訶止観』を講ず。同十七年(西暦五九七)十一月二十四日、天台山に寂、寿六十。天台大師と称す。著わす所、前記の外に、『坐禅法要』、『四教儀』、『維摩経』の広略二疏等あり。
四。杜順 一名法順、華厳宗七祖の第三。支那雍州万年の人、『五教止観』『法界観』を著わし、一代仏教を五門に判じ、又十玄門の端緒を開きて、華厳宗の基礎をなす。隋の文帝に帰依せられ、帝心尊者の号を賜わる。貞観十四年(西暦六五四)十一月寂。寿八十四。
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五。四衆 四部衆、四部弟子、四輩ともいう。比丘。比丘尼。優婆塞(清信士)。優婆夷(清信女〕の称。
六。勝相 勝れたる瑞相。奇瑞。
七。高玉 名は懐玉、衣食住を省みず、懺悔の法を行い、日課念仏五万遍、又『弥陀経』を誦すること三十万巻に及んだという。天宝元年(西暦七四二年)六月九日、西方の聖衆来迎の奇瑞を見、同十三日丑時、再び奇瑞に接し、「永く娑婆を離れて浄土に帰す」等の偈を唱して逝く。
八。智覚 上五二五頁にいづ。
九。劉程之 仲思、彭城人、漠の楚元王の後裔と移せらる。老荘を善くし、諸子百家に通ず。少時母に事えて孝淳であった。後、雷次宗等と廬山の慧遠に投じ、念仏三味詩を作り、坐禅念仏を行ず。義*(キ ニスイ+熙)六年(西暦四一〇年)寂。春秋五十九。
一〇。雷、雪次宗 字は仲倫、予章南昌の人。博学にして詩に通ず。盧山の蓮社に参じたが、元嘉十五年京都に至り請生を薫育す。後南昌に帰臥し、同二十五年(西暦四四八)又京都に上り鍾山に招隠館を建て、太子諸王の為に『礼経』を講ず。その年卒す。年六十三。
一一。柳子厚 柳は姓、子厚は字。宗元は其の名である。幼にして英才を以て鳴る。唐の徳宗の貞元十九年藍田尉より監察御史に拝せられ、順宗の位に即〈つ〉くや、礼部員外郎となる。事に坐して柳州刺史に貶せられ。元和十四年没す。年四十七。韓退之とともに文名一世を覆いしか、韓の廃仏家たるに反して、宗元は仏法に帰し、浄土院を修する記を作った。
(2-528)
一二。白楽天 名は居易、香山居士と号す。唐の人。太子太傅〈たいしたいふ〉となり、又杭州の刺史となりて道を鳥*(カ 空−エ+果)禅師に問うた。初め百四十八人とともに上生会を組織し、専ら弥勒菩薩の兜率浄土へ往生せんことを願うたが、晩年病を獲て、偏に西方往生を願い、西方変相一軸を描く。一夕念仏して榻に坐して逝く。
【文科】元照律師の文を引いて上の結釈を証したまうのである。
【講義】律宗の元照師はいわく。鳴呼、教相や観法に明らかな人といえば、天台の智者大師に及ぶものはない。而もこの智者大師は臨終にいたっては、経典も数ある中、『観無量寿経』の題号を称え、念仏して、西方の浄土を讃嘆して、往生せられた。法界のことに明らかな人といえば、華厳の杜順和尚に及ぶものはない。而も杜順和尚は、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の人々にすすめて、ともに念仏を称え、臨終にすぐれた瑞相を感得して、西方浄土に往生せられた。禅宗に於いて、実地に修養をつみ、見性した人々の中では、懐玉禅師や智覚禅師に及ぶものはない、而もこの両禅師は、仲間のものを誘うて社を結び、念仏を称えて、上品上生の往生を遂げられた。儒を業とする人の中で才識の勝れた人といえば、劉程之、雷次宗、柳子厚、白楽天に及ぶものはない。而、もこれらの才識すぐれた古人達が、みな筆を秉〈と〉り、誠意を尽して文章を書き、西方浄土に往生したいと願うて居る。こ
(2-529)
れを以て浄土の法門のいかなるものかが、よく知れる訳である。
第六科 仮偽の仏弟子
言仮者即是聖道諸機浄土定散機也故光明師云仏教多門八万四正為衆生機不同又云方便仮門等無殊又云門門不同名漸教万劫苦行証無生 已上
言偽者則六十二見九十五種之邪道是也涅槃経言世尊常説一切外学九十五種皆趣悪道 已上
光明師云九十五種皆汚世唯仏一道独清閑 已上
【読方】仮というは、すなわちこれ聖道の諸機、浄土の定散の機なり。かるがゆえに光明師のいわく、仏教多門にして八万四なり。まさしく衆生の機の不同なるがためなり。またいわく。方便の仮門、ひとしくして殊なることなし。またいわく、門々不同なるを漸教となづく。万劫苦行して無生を証す。已上。
偽というは、すなわち六十二見、九十五種の邪道これなり。涅槃経にいわく、世尊つねにときたまわく、一切の外学の九十五種は、みな悪道におもむく。已上
光明師ののたまわく、九十五種みな世をけがす。ただ仏の一道のみひとり清閑なり。已上
【字解】一。六十二見 印度外道の所説、五蘊の中、一蘊毎に四種の見解をたつ(一、色は大、我は小、
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故に我、色の中にあり。二、我は大、色は小、故に色は我の中にあり。三、色に離れて我あり。四、色に即して我あり)。かくて二十見となる。これに各三世あるをもって六十見となる。そして此等の見解は、断常二見を根本とするから、此の二見を加えて六十二見となる。『涅槃経』第二十五巻にいづ。
二。外学九十五種 外学は、仏教以外の外の教え、即ち外道のこと。六師外道(下五七六頁を看よ)に各十五人の弟子ありて各一派を立てしにより、是に師の六派を加えて、九十六種となる。其の中に小乗仏教の一派に似たるものありしにより、夫を除いて九十五種とある。或いは其の派をも数えて九十六種の外道とも云う。
【文科】真仏弟子に対して仮偽の仏弟子の何たるかを示し給う。
【講義】上来、真の仏弟子ということを説いて来たのであるが、先に、真は仮に対し偽に対するというた。それで仮というはいかなるものがらを指すかというに、聖道八万の教を奉じて居る人々と、浄土要門の定散二善にかかわっている人々をいうのである。善導大師は、仏教には八万四千の多くの教門があるが、これには、衆生の機類か区々〈まちまち〉であるから、教門にもかく沢山のわかちがあるのだといわれておる。又、衆生を誘導するための方便の仮りの教門は沢山あるが如来の大悲は真実の一門に入らしめんがためで、決して変りはないのだといわれてある。又すべての教門がみなそれぞれ違っているが、これらの教門はみな漸教と名づけられる。何故ならば、これらの教は、すべて長い長い時間の間、一
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方ならぬ苦行をして、初めて無生の証を開く教えであるからだと云うてある。
偽というはいかなるものがらを指すかというに、六十二見、九十五種の外道の人々を指すのである。『涅槃経』には、世尊常に説き給うよう、一切の外道、九十五種の外道は、みな悪趣に迷わしむる教であるというてある。
光明寺の善導大師は、九十五種の外道は、皆世の人々を惑わし汚している。独り如来の本願の一道のみ清浄にして閑寂の教であると宣う。
【余義】一。上の真仏弟子に対して、ここに仮偽の仏弟子を述べらる。聖人の見解によれば、一切の人々は皆仏弟子であるが、他力信心の行者は真の仏弟子、その他の聖道浄土の人々は仮の仏弟子、そして是等を除いた他の一切の人々は偽〈いつわ〉りの仏弟子である。而も皆仏弟子である。如来の本願の正機である。ここに深い宗教的旨趣が潜んでいる。
聖道門自力の行者、及び浄土定散の機類は、仮の仏弟子であることを引証せられたのが、善導の三文である。これは一連にして一文章として解すべきである。衆生の機類に応じて、仏教が八万四千という多きに分かれた。しかしこれは如来の方便である。仏心に八万四千あるのでない。大悲の一仏心に帰せしめんが為に機に応じて説かれたのである。そしてか
(2-532)
ように門々相分かれた教えによれば、長い間苦行を重ねなければ証りが得られぬ。これ方便の漸教である。この方便を執して、無有出離之縁の真実の自分というものを自覚せぬものが、仮の仏弟子である。『和讃』に
聖道権化の方便に 衆生ひさしくとどまりて
諸有に流転の身とぞなる 悲願の一乗帰命せよ。
念仏成仏是真宗 万行諸善これ仮門
権実真仮をわかずして 自然の浄土をえぞしらぬ
とはこの意である。良〈まこと〉に方便の手を垂れざれば、衆生に真実を知らせることは出来ず、方便を施せば、直ちに方便を固執する。月を知らんせんが為に指さす、然るに人は指を執して月を見ない。聖道浄土定散は指である。この指を見て弘願真実の月を忘れる。始末におえぬ凡夫である。
二。偽の仏弟子とは、表は仏法に帰する如くにして、内心外道に帰するものを始めとして、表裏ともに外道に心を寄せるものがそれである。六十二見、九十五種と云えば、遠い印度に起こった外道のようであるが、近く吾等の胸中に起こっている異端的な、迷信的な心がそれ
(2-533)
である。物を忌む心、占いの心、祈祷の心、肉楽に没頭する心、僅な思考や、研究を以て人生観を立てる心、文芸や哲学に容易にかぶれる心、是等は皆九十五種の外道の心である。凡〈すべ〉て自己の真相を解せず、自己の能力を知らずして、ほしいままに人生を肯定し、自己を肯定するは皆外道である。悪邪見である。是れ滔々たる天下の人心でないか。而も彼等は皆各自に真理に順じていると思うている。これ即ち偽仏弟子たる所以である。是等は皆相率いて世を汚す。ああ、何人かこの意味に於いて、世を汚さぬものがあろうぞ。如来の本願を信ずることがないならば、良〈まこと〉に出離の期はないのである。
第七科 慚愧表白
誠知悲哉愚禿鸞沈没於愛欲広海迷惑於名利大山不喜入定聚之数不快近真証之証可恥可傷矣
【読方】誠に知りぬ。悲しきかな愚禿鸞、愛欲出広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚のかずにいることをよろこばず。真証の証に近づくことを快〈たの〉しまざることを、はずべし、いたむべし。
【字解】一。定聚之数 正定聚のこと。信心の人は、現生〈このよ〉に於いて、正しく浄土へまいることに定めら
(2-534)
れたる仲間に入る。故に定聚之数とは正定聚の位に入りし仲間ということ。
【文科】この一段正しく聖人の信仰告白である。
【講義】これまで上に、長々と真の仏弟子のいかなるものかを説明して来たが、扨て翻って、自分はどうかと顧みてみると、恥ずかしや悲しや、この愚禿親鸞は、いつもいつも可愛い欲しいの海に沈み、名聞利養のけわしい山をあえぎあえぎ上り、仏力他力で、正定聚の分人にして頂いたことも、それ程有難いとも思わず、一日一日御浄土参りに近よらして頂くことをもうれしいとも思わないでいるのである。よくよく考えてみれば、まことに恥ずかしいことであり、我ながら傷ましい有様である。
【余義】一。この一文正しく聖人の悲嘆述懐である。痛烈なる告白である。懺悔である。自己の赤裸々なる真相に当面せられた時の驚きである。暗黒なる自己、どこ迄も人生に執著して、仏法を忘れる心、聞けども学べども、真実の心は湧かず、清浄の心とはならず、唯ますます愛執の深きを覚えるばかりである。これ実に痛ましい嘆きである。聖人が説法も忘れ、他人も忘れ、唯一人の自己に帰りて、まともに胸の真底を見られた時の叫びである。「恥づべし、傷むべし」と真剣に悲嘆せらる。
(2-535)
誠に此の悲嘆は全心身をあげての悲嘆である。口先丈に並べ立てる御極り文句でない。自己全体を投げ出された懺悔である。是れ即ち信の喜びである。自分というものの真相に気付く所が信心の智慧である。この智慧が煩悩の自我の立場を失わしめ、そして今まで坐っていた自我の地位を代って占領している。故にこの全身の懺悔の心は、そのまま仏心である、歓喜心である。三忍を獲た心である。智慧は静かに自我の悪毒を照し、喜びはひたひたと乾いた胸を湿して一味の歓喜海中に溶けこむ味がある。これ実に仏凡一体の表現である。信心の具体的内容である。即ち真仏弟子の心懐である。深い深い自分というものの奥に撤し、人生の至奥〈ふかみ〉に徹し、法界の真相に触れ、そして是等を一心に体現し、色味おうた所である。これが信の一念の光景である。この一念は時間を超越し、限りない生命を孕んでいるのである。聖人はこれを『行巻』には
大悲の願船に乗じ、光明の広海に浮びぬれば、至徳の風静かにして、衆禍の波転ず
とも云われ、又『帖外和讃』には
超世の悲願ききしより 我等は生死の凡夫かは
有漏の穢身はかわらねど 心は浄土にすみ遊ぶ。
(2-536)
とも仰せられた。是等の文は唯裏表の相違であって、その心は全く一つである。喜びというても。唯浮き浮きした喜びでなくして、現実の有限不完全の自己という動かすべからざる心と一つになっている喜びである。この現実の煩悩の自己を払拭〈はら〉い去らずに、それと不可思議に揮一化〈とけお〉うた歓喜〈よろこび〉である。悲嘆というても徒〈いたずら〉に自分の一部分の欠点を眺めて嘆いているようなものでなしに、自己全体を投げ出した悲嘆である。それは早や通常の悲嘆という文字では表わすことの出来ない不可思議の心である。
『悲嘆述懐和讃』
浄土真宗に帰すれども 真実のこころはありがたし
虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし。
無慚無愧のこの身にて まことのこころはなけれども
弥陀の回向のみななれば 功徳は十方にみちたまう。
蛇蝎奸詐のこころにて 自力修善はかなうまじ
如来の願船いまさずば 無慚無愧にてはてぞせん。
初の一首はこの下と等しく痛切なる懺悔を述べ、後の二首に於いて、その懺悔がそのまま
(2-537)
如来回向の心であることを喜ばれた。『嘆異鈔』第二節の「地獄は一定すみかぞかし」の次に「弥陀本願まことにおわしまさば」等と述べられ、同九節には、人生を執する妄愛妄執の深いことを述べられ、この妄執の自己という痛わしい自覚が、そのまま如来の本願である救済であることを、懇切に示された。実〈げ〉にこの所の告白を、説法体に情を極め理を尽して述べられたのが『嘆異鈔』の九節である。
無辺広大の浄土を生み、成仏の果を結ぶ他力の大信とは雖も、実際にありては、水火二河の間に明滅する五寸の白道である。現世に五趣八難の道を超え、十種の現益を獲るとは云えど、愛欲名利に迷惑しつつあるのである。この握〈つか〉むことの出来ぬ、こうと極めることの出来ぬ、不可思議の他力の実感が信仰である。信とは生命の謂いである。生命は握〈つか〉むことは出来ぬ。謙虚〈へりくだり〉と勇猛〈いさみ〉と、歓喜〈よろこび〉と悲嘆〈なげき〉と、緊張〈ひきしまり〉と弛緩〈ゆるみ〉と、妄愛と懺悔とを籠めた不可思議の心境である。
吾等は更に下の『涅槃経』の上に表われたる聖人の信念に急がねばならぬ。
第二節 抑止文釈
(2-538)
【大意】これより下『大経』抑止文を釈したまう。即ち本願の正機を表わし、真仏弟子の裏書をしたまうのである。
第一項は『涅槃経』の四文を引きて、難治の機を細説し、第二項には私釈を施し、第三項には、正しく抑止文を釈せらる。
第一項 難治機
第一科 『涅槃経』「現病品」の文
夫仏説難治機涅槃経言迦葉世有三人其病難治一謗大乗二正逆罪三一闡提如是三病世中極重悉非声聞縁覚菩薩之所能治善男子譬如有病必死無治若有瞻病随意医薬若無瞻病随意医楽如是之病定不可治当知是人必死不疑善男子是三種人亦復如是従仏菩薩得聞法已即便能発阿耨多羅三藐三菩提心若有声聞縁覚菩薩或有説法或不説法不能令其発阿耨多羅三藐三菩提心 已上
(2-539)
【読方】それ仏、難治の機をといて涅槃経にいわく、迦葉、世に三人あり。そのやまい治しがたし。一には謗大乗、二には五逆罪、三には一闡提なり。かくのごときの三病、世のなかに極重なり。ことごとく声聞、縁覚、菩薩のよく治するところにあらず。善男子たとえば病あればかならず死するに治なからんに、もし瞻病随意の医薬あらんがごとし。もし瞻病随意の医薬なくば、かくの如きの病さだめて治すべからず。まさにしるべし、この人かならず死せんこと疑わず。善男子、この三種の人またまたかくのごとし。仏菩薩にしたがいて法を聞くことをえおわりて、すなわちよく阿耨多羅三藐三菩提心を発せん。もし声聞、縁覚、菩薩ありて、あるいは法をとき、あるいは法を説かざるあらん。それをして阿耨多羅三貌三菩提心を発せしむることあたわず。已上
【字解】一。難治機 煩悩悪業を病に譬え、その治し難い病ある機類ということ。済度し難い悪機ということ。
二。五逆罪 「信巻」終五逆釈義を看よ。
三。一闡提 梵語イッチユハーンテカ(Icchantikaa)断善根信不具足と訳す。
四。声聞 梵語シュラーワカ(Sravaka)の訳。仏の教えの声を聞いて証る人。仏の言教〈ことば〉を聞き、又は其の遺教によりて、四諦の理を観じて阿羅漢を証る聖者をいう。
五。縁覚 梵語プラトエーカ、ブッドハ(Pratyeka Buddha)の訳。十二因縁を観じて証る故にこの名あり。新訳には、独覚という。師によらず、飛花落葉を観じて、独りにて証る故にいう。
六。瞻病 瞻は看ること。看病のこと。
(2-540)
七。随意医薬 随自意の医薬ということで、医者がよいと信ずるに従い、病人の気に入るか入らないかを案ぜずに、自由に盛った薬というを、随自意の法に譬う。
【文科】初めに「現病品」の文を引いて難治の機を示したまう。
【講義】仏は化益し難い機類を説き給うてあるがそれについて『涅槃経』には左の如くいうてある。
迦葉よ、世間に療治の致し難い三人の病人がある。一人は大乗の教を誹謗するもの、一人は五逆罪を造るもの、一人は一闡提である。この三人の病気は、世間では、一番重い病気であって、声聞、縁覚、菩薩の三乗教の聖者ではとても療治することが出来ないのである。譬えてみると、重病にかかって、死ぬに極って居る病人があるとして、もし非常に上手な看病人があって、良医が自分のよいと信ずる薬を盛れば助かるが、そうでなく、上手な看病人もなく、医者も病人の気休めの薬を盛る様では、とても助かることのないようなものである。今この謗大乗、五逆罪、一闡提の三病人も、仏菩薩から、仏随自意の一乗の法をきいて、菩提心(信心)をうれば助かるが、声聞、縁覚、菩薩の三乗の随他意方便の法をきいても菩提心を起こすことも出来ず、従って又助かる見込みはないのである。
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【余義】一。涅槃経の引意に就いては、先輩諸師の所見、大同小異である。『樹心録』には、弥陀の本願は逆謗を摂するや否やという妨難を釈すと云い、大谷派の香月院円乗院二師は本願抑止文たる唯除五逆誹謗正法を釈すといい、皆往院師は弘願の勝益を結ぶと云い、西派の浄信院道隠師は、信益を結ぶと科文せらる。
何れにしても、正しく本願の正機を示されたという点に就いては一致していると思う。但し文に就いて云えば、抑止文を釈すという説が一番適切であると思う。即ち信巻本巻は、因願を釈し、末巻は成就文を釈せらるるのであるが、此の成就文の体裁は釈尊の発遣であるから、今ここに釈尊の抑止の文を釈せらるることは極めて適当の場合である。即ちその抑止文を釈するということは、そのまま本願の正機を顕わし、同時に本願が正しく機の上に実現される模様を示すのである。『銘文』本三丁に
唯除五逆誹謗正法というは、唯除は、ただのぞくということばなり、五逆のつみぴとをきらい謗法のおもきとがをしらせんとなり。このふたつのつみのおもきことをしらしめて十方一切の衆生、みなもれず往生すべしとしらせんとなり。
と仰せられて、子を勘当する親の叱責の言葉は、そのまま親心の尤も緊帳〈ひきしま〉り尤も高潮〈たかま〉って
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いる表徴〈しるし〉であると見られたのである。逆謗を除くとは、逆謗が本願の正機であることを痛切に説かれたというのである。そして聖人の上の御言葉の具体的の内容が、この『涅槃経』に表われたる阿闍世王の造罪帰仏である。
進んで云えば、この長い引文は、聖人が単に経文を解釈せらるる為に引かれたのではなくして、この阿闍世王の逆罪の上に、自己の真相をみ、自己の逆罪を感じ、広く悲惨なる人生そのものを実験せられたのである。裏から云えば、聖人が御自身の逆罪と人生の真相に当面〈つきあた〉りて感ぜられた実験を、遺憾なくこの引文の上に見られたのである。主観的に云えば聖人が御自身の人生経験と信仰経験を、この経文をもって表象せられたと云うべきである。この流血淋漓たる実人生の上に活躍する宗教でなければ、いかに高遠な道理や、善美を尽くした説示があっても、それは一篇の詩的空想となり終わるのみである。されば古より此の経文を解釈する人は多かったが、唯涅槃の理を説いた一譬喩としか思わなかった。是が為に血の滴〈したた〉るような如来の大慈悲心の活現も、空しく看過されて来たのである。然るに親鸞聖人により初めて沈黙千有余年の声は破れて、その真意が衆人に公開せらるるようになったのである。
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二。顧〈おも〉うに釈尊御一代の間に於いて、最も心痛せられた大事変はこの王舎城の悲劇であった。殆んど四十年近く教団の上首として諸弟子を教養した提婆達多は、怪しい[キョウ02]慢邪見の念に駆られて、堂々と釈尊に反抗し、遂に釈尊外護の大立物たる頻婆娑羅王の太子阿闍世を誘惑して、父王を殺さしめ、その母を監禁せしめ、自らは阿闍世王の手厚い供養を受けて釈尊の教団に大打撃を与えたり即ちこの惨劇の本はと云えば提婆の反逆である。何人〈なんびと〉の心にも潜んでいる烈しい自由〈きまま〉独宰〈わがまま〉の念〈おもい〉である。客観の権威を否定して、どこまでも自我を押し立てんとする悪毒の念である。提婆のこの悪念が八方に拡〈ひろが〉りて、薪を焼く猛火のように、触るるものを傷つけたのである。然るに釈尊の大慈悲は、この悪毒に向ってそそがれた。即ちこれによりて釈尊出世の本懐は初めてここに実現せられた。即ち重病が起こって初めて醍醐の妙薬が効能をあらわすように、大衆を対手〈あいて〉として大講堂に説かれた『大経』の薬は、正しく血烟りを上げた一王宮の奥殿に於いて、而も韋提という一人の女性の上に於いて、初めてその効能〈ききめ〉をあらわしたのである。観経一部はこの始終を示している。
されど韋提希夫人にありては、受動的に圧迫されて、動きの取れない最後に立ちいたって、初めて救済〈すく〉われたのであるが、今や提婆の反逆の血を受け継いて、父を殺し、母を幽
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し、擅〈ほしいまま〉に反逆の血を湧かした阿闍世はどうであったか。韋提希夫人の方は圧迫された最後に自分の立場を失い、阿闍世王の方は、圧迫しきった最後に自分の立場をなくしたのである。そして共に宗教に入らなければならなかった。聖人は一面韋提と等しい人生経験を感ずるとともに、又御自身の逆悪を感ぜらるる時は、阿闍世王と思いを等しくせられた。この母子の入信は、そのまま聖人の入信であった。母は冷酷の運命の下に、自分の弱小〈かよわさ〉に泣き、子はその驕傲と弊悪の自性によりて犯した罪の恐しさに泣く。ともに人生の悲惨である。人間の本性の暴露である。如来の大慈は、この各の上に、狂乱のうよに働かせられた。殊に後者の方は、能動的に烈しい罪悪を犯した場合であるから、悪毒なる罪悪そのものが焼きつくように感ぜられる。従ってその罪悪に対する痛切なる説法、痛切なる自覚、深い歓喜等、凡てこれ等の本願の正機即ち信仰経験が、極めて鮮やかに、極めて有効に説示されてある。是れ実に活ける如来の本願である。適切なる本願の正機の実例である。そして又聖人の信仰そのものの内容である。同時に吾等の信仰経験である。
誠に他力の信仰は、その様式は種々であるが、共に自分というものの立場がなくなる悲惨の最後に、胸中に生まるるものである。自分の罪悪の為に、自分のもっていた生命がな
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くなり、命がけに救済を求める時に、初めて如来の大誓願に触れるのである。この委しい模様は、阿闍世王の造罪の動機と、罪悪感と、苦悶と、帰仏の事情等に於いて、遺撼なく示されてある。
二。『涅槃経』の第一現病品の文は、大体の上から逆謗闡提の悪機は聖道自力の三乗(声聞、縁覚、菩薩)法にては救済されることはない。かかる極悪最下の重病者は唯極善最上の本願名号によりてのみ治せらるることを説かれたものである。
第二科「梵行品」の文
又言爾時王舎大城阿闍世王其性弊悪喜行殺戮具口四悪貪恚愚痴其心熾盛 乃至 而為眷属貪著現世五欲楽故父王無辜横加逆害因害父己心生悔熟 乃至 心悔熱故遍体生瘡其瘡臭穢不可附近尋自念言我今此身已受華報地獄果報将近不遠爾時其母韋提希后以種種薬而為塗之共瘡遂増無有降損王即白母如是瘡者従心而生非四大起若言衆生有能治者無有是処
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時有大臣名曰月称往至王所在一面立白言大王何故愁悴顔容不悦為身痛邪為心痛乎王答臣言我今身心豈得不痛我父無辜横加逆害我従智者曾聞是義世有五人不脱地獄謂五逆罪我今已有無量無辺阿僧祗罪云何身心而得不痛又無良医治我身心臣言大王莫大愁苦即説偈言若常愁苦愁遂増長如人喜泯眠則滋多貪婬嗜酒亦復如是如王所言世有五人不脱地獄誰往見之来語王邪言地獄者直是世間多智者説如王所言世無良医治身心者今有大医名富闌那一切知見得自在定畢竟修習清浄梵行常為無量無辺衆生演説無上涅槃之道為諸弟子説如是法無有黒業無悪業報無有白業無白業報無黒白業無黒白業報無有上業及以下業是師今在王舎城中惟願大王屈駕住彼可令是師療治身心時玉答言審能如是滅除我罪我当帰依
復有一臣名曰蔵徳復往王所而作是言大王何故面貌憔悴唇
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口乾[ショウ04]音声微細 乃至 何所苦為身痛邪為心痛乎王即答言我今身心云何不痛我之痴盲無有慧目近諸悪友而為親善随提婆達悪人之言正法之王横加逆害我昔曾聞智人偈説若於父母仏及弟子生不善心起於悪業如是果報在阿鼻獄以是事故令我心怖生大苦悩又無良医而見救療大臣復言惟願大王且
莫愁怖法二種一者出家二者王法王法者謂害其父則王国土雖云是逆実無有罪如迦羅羅虫要壊母腹然後乃生生法如是雖破母身実亦無罪騾懐妊等亦復如是治国之法法応如是雖殺父兄亦無有罪出家法者乃至蚊蟻殺亦有罪 乃至 如王所言世無良医治身心者今有大師名末伽梨拘舎梨子一切知見憐愍衆生猶如赤子已離煩悩能抜衆生三毒利箭 乃至 是師今在王舎大城惟願大王往至其所王若見者衆罪消滅時王答言審能如是除滅我罪我当帰依
復有一臣名曰実徳復到王所即説偈言大王何故身脱瓔珞首
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髪蓬乱乃至如是 乃至 為是心痛邪為身痛邪王即答言我今身心豈得不痛我父先王慈愛仁惻特見矜念実無過咎往問相師相師答言是児生已定当害父雖聞是語猶見瞻養曾聞智者作如是言若人通母汚比丘尼偸僧祗物殺発無上菩提心人及殺其父如是之人必定当堕阿鼻地獄我今身心豈得不痛大臣復言惟願大王且莫愁苦 乃至 一切衆生皆有余業以業縁故数数受生死若使先王有余業者王今殺之竟有何罪惟願大王寛意莫愁何以故若常愁苦愁遂増長如人喜眠眠則滋多貪婬嗜酒亦復如是 乃至 刪闍耶毘羅胝子
復有一臣名悉知義即至王所作如是言 乃至 王即答言我今身心豈得無痛 乃至 先王無辜横興逆害我亦曾聞智者説言若有害父当於無量阿僧祗劫受大苦悩我今不久必堕地獄又無良医救療我罪大臣即言惟願大王放捨愁苦王不聞耶昔者有王名曰羅摩害其父已得紹王位跋提大王毘楼真王那[ゴ02]沙王迦帝迦
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王毘舎[キョ02]王月光明王日光明王愛王持多人王如是等王皆害其父得紹王位然無一王入地獄者於今現在毘瑠璃王優陀耶王悪性王鼠王蓮華王如是等王皆害其父悉無一王生愁悩者雖言地獄餓鬼天中誰有見者大王唯有二有一者人道二者畜生雖有是二非因縁生非因縁死若非因縁何有善悪惟願大王勿懐愁怖何以故若常愁苦愁遂増長如人喜眠眠則滋多貪婬嗜酒亦復如是 乃至 阿耆多翅舎欽婆羅 乃至
復有大臣名曰吉徳 乃至 言地獄者為有何義臣当説之地者名地獄者名破破於地獄無有罪報是名地獄又復地者名人獄者名天以害其父故到人天以是義故婆蘇仙人唱言殺羊得人天楽是名地獄又復地者名命獄者名長以殺生故得寿命長故名地獄大王是故当知実無地獄大王如種麦得麦種稲得稲殺地獄者還得地獄殺害於人応還得人大王今当聴臣所説実無殺害若有我者実亦無害若無我者復無所害何以故若有我者常無
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変易以常住故不可殺害不破不壊不繋不縛不瞋不喜猶如虚空云河当有殺害之罪若無我者諸法無常以無常故念念壊滅念念滅故殺者死者皆念念滅若念念滅誰当有罪大王如火焼木火則無罪如斧斫樹斧亦無罪如鎌刈草鎌実無罪如刀殺人刀実非人刀既無罪人云何罪如毒殺人毒実非人毒薬非罪人云何罪一切万物皆亦如是実無殺害云何有罪惟願大王莫生愁苦何以故若常愁苦愁遂増長如人喜眠眠則滋多貪婬嗜酒亦復如是今有大師名迦羅鳩駄迦旃延 乃至
復有一臣名無所畏 乃至 今有大師名尼乾陀若提子 乃至
爾時大医名曰耆婆往至王所白言大王得安眠不王以偈答言 乃至 耆婆我今病重於正法王興悪逆害一切良医妙薬呪術善巧瞻病所不能治何以故我父先王如法治国実無辜咎横加逆害如魚処陸 乃至 我昔曾聞智者説言身口意業若不清浄当知是人必堕地獄我亦如是云何当得安穏眠耶今我又無無上大医演
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説法薬除我病苦耆婆答言善哉善哉王雖作罪心生重悔而懐慚愧大王諸仏世尊常説是言有二白法能救衆生一慚二愧慚者自不作罪愧者不教他作慚者内自羞恥愧者発露向人慚者羞人愧者羞天是名慚愧無慚愧者不名為人名為畜生有慚愧故則能恭敬文母師長有慚愧故説有父母兄弟姉妹善哉大王具有慚愧 乃至 如王所言無能治者大王当知迦毘羅城浄飯王子姓瞿曇氏字悉達多無師覚悟自然而得阿耨多羅三藐三菩提 乃至 是仏世尊有金剛智能破衆生一切悪罪若言不能無有是処 乃至 大王如来有弟提婆達多級壊衆僧出仏身血害蓮華比丘尼作三逆罪如来為説種種法要令其重罪尋得微薄是故如来為大良医非六師也 乃至 大王作一逆者則便具受如是一罪若造二逆罪則二倍五逆具者罪亦五倍大王我今定知王之悪業必不得免惟願大王速往仏所除仏世尊余無能救我今愍汝故相勧導爾時大王聞是語已心懐怖懼挙身戦慄五体掉動如芭蕉樹
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仰而答曰汝為是誰不現色像而但有声大王吾是汝父頻婆娑羅汝今当随耆婆所説莫随邪見臣之言時王聞已悶絶[ヘキ01]地身瘡増劇臭穢倍前雖以冷薬塗治療瘡瘡蒸毒熱但増無損 已上抄出
(一)大臣名曰月称 (一)名富闌那
(二)蔵徳 (二)名末伽梨拘舎梨子
(三)有一臣名曰実徳 (三)名刪闍耶毘羅胝子
(四)有一臣名悉知義 (四)名阿嗜多翅舎欽娑羅
(五)大臣名曰吉徳 (五)婆蘇仙
(六)名迦羅鳩駄迦旃延 (六)名尼乾陀若提子
【読方】またいわく、そのときに王舎大城に阿闍世王あり、その性、弊悪にしてよく殺戮を行ず。口の四悪、貪、恚、愚痴を具してその心熾盛なり。乃至 しかるに眷属のために、現世の五欲の楽に貪著するがゆえに、父の王の辜〈つみ〉なきに、よこさまに逆害を加す。父を害するによりて、おのれが心に悔熱を生ず。乃至 心、悔熱するがゆえに、遍体に瘡〈かさ〉を生ず。そのかさ臭穢にして附近すべからず。すなわちみずから念言すらく、われいまこの身にすでに華報をうけたり。地獄の果報まさに近づきて遠からずとす。そのときに、その母韋提希后、種々
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の薬をもてしかも為にこれを塗る。その瘡ついに増すれども、隆損あることなし。王すなわち母にもうさく、かくの如きのかさは、心よりして生ぜり。四大よりおこれるにあらず。もし衆生よく治することありといわば、この処〈ことわり〉あることなけんと。
ときに大臣あり、日月称となづく。王のところに往至して、一面にありて立ちてもうしてもうさく。大王なんがゆえぞ愁悴して、顔容よろこばざる。身痛むとやせん、心痛むとやせんと。王、臣にこたえていわまく、われいま身心、あに痛まざることをえんや。わが父つみなきに、よこさまに逆害を加う。われ智者にしたがいて、かつてこの義をきしき。世に五人あり、地獄をまぬかれずと。いわく五逆罪なり。われいますでに無量、無辺、阿僧祗のつみあり。いかんぞ身心をして痛まざることをえん。また良医のわが身心を治せんものなけんと。臣、大王にもうさく、おおきに愁苦することなかれと。すなわち偈をときていわく、もし常に愁苦せばうれえついに増長せん。人ねむりを喜〈この〉めば、眠〈ねむり〉すなわち滋く多きがごとし。婬を貪し酒をたしなむも、またまたかくのごとし。王のたまう所のごとき、世に五人あり地獄をまぬかれずとは、誰かゆきてこれを見てきたりて王にかたるや。地獄というはただちにこれ世間におおし。智者とかく、王ののたまうところのごとし。世に良医の身心を治するものなけん。いま大医あり、富蘭那となづく。一切知見して自在をえて、さだめて畢竟して清浄梵行を修習して、つねに無量無辺の衆生のために、無上涅槃の道を演説す。もろもろの弟子のために、かくのごときの法をとけり。黒業あることなければ、果業の報なし。白業あることなければ、白業の報なし。黒
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白業なければ、黒白業の報なし。上業及び以下業あることなし。この師いま王舎城のうちにいます。ややねがわくば大王、屈駕してかしこにゆけ。この師をして身心を療治せしむべしと。ときに王、こたえていわく、審〈あきらか〉に能くかくの如きわが罪を滅除せば、われまさに帰依すべし。
またひとりの臣あり。なづけて蔵徳という。また王のところにゆきて、しかもこの言をなさく。大王なんがゆえぞ面貌憔悴して、唇口乾燥し、音声微細なるや。乃至 なんの苦しむところありてか、身いたむとやせん、心いたむとやせん。王すなわちこたえていわく。われいま身心いかんぞいたまざらん。われ癡盲にして慧目あることなし。もろもろの悪友にちかづきて、ためによく提婆達多悪人のことばにしたがいて、正法の王によこさまに逆害を如う。われむかし智人の偈説せしをききき。もし父母、仏および弟子において不善の心を生じ、悪業をおこさん。かくの如きの果報、阿鼻獄にありと。この事をもっての故に、われをして心怖れて大苦悩を生ぜしむ。また良医のありて、しかも救療せらるることなけんと。大臣またいはく、惟〈ただ〉ねがわくば大王しばらく恐怖することなかれ。法に二種あり。一には出家、二には王法なり。王法というは、いわくその父を害すれば、すなわち国土に王たるなり。これ逆なりと云うといえども、実に罪あることなけん。迦羅羅虫のかならず母のはらをやぷりてしこうして後にいまし生ずるがごとし。生の法かくのごとし。母の身をやぶるといえども、実にまた罪なし。騾腹の懐妊等またまた是のごとし。治国の法、法として是のごとくなるべし。父兄を殺すといえども、実に罪あることなし。出家の法は乃至蚊蟻を殺すにまた罪あり。乃至 王の言うところのごとし。世に良医の身心を治す
(2-555)
るものなけん。いま大師あり。末伽梨拘舎梨子となづく。一切知見して、衆生を憐愍すること、なおし赤子のごとし。すでに煩悩をはなれてよく衆生の三毒の利箭をぬく。乃至 この師いま王舎大城にいます。惟〈やや〉ねかわくは大王そのところに往至し給え。王もし見ば、衆罪消除せんと。ときに王こたえていわく、審〈あきらか〉によくかくのごとき我が罪を滅除せば、われまさに帰依すべしと。
またひとりの臣あり。なづけて実徳という。また王のところに到りて、すなわち偈をときていわく、大王なんがゆえぞ身に瓔珞をぬぎ、首〈こうべ〉のかみ蓬乱せる。乃至かくの如くなるや。乃至 これ心いたむとやせん、身いたむとやせんと。王すなわち答えていわく、われいま身心あに痛まざることをえんや。わが父先王、慈愛仁惻してことに矜念せらる。実に辜〈つみ〉なし。ゆきて相師にとう。相師こたえてもうさく。この児うまれおわりて、定めてまさに父を害すべしと。この語をきくといえども、なお瞻養せらる。むかし智者の是のごときの言をなすことをききき。もしひと母に通じ、および比丘尼をけがし、僧祗物をぬすみ、無上菩提心をおこせるひとを殺し、およぴその父を殺せん。かくの如きのひと、必定して、まさに阿鼻地獄に堕すべしと。われいま身心あに痛まざることをえんや。大臣またいわく、惟〈やや〉ねがわくば大王また愁苦することなかれ。乃至 一切衆生みな余業あり。業縁をもてのゆえに、しばしば生死をうく。もし先生に余業あらしめば、王今これを殺さんについに何の罪かあらん。惟ねがわくば大王、意を寛〈ゆたか〉にして愁うることなかれ。なにをもっての故に、もしつねに愁苦すれば、愁えつねに増長す。ひと眠〈ねむり〉をこのめば、ねむりすなわち滋くおおきがごとし。婬を貪し、酒をたしなむも、またまたかくのごとし。
(2-556)
乃至 刪闍耶毘羅肱子。
またひとりの臣あり。悉知義となづく、すなわち王の所に至りて、是のごときの言をなさく。乃至 王すなわちこたえていわく、われいま身心あに痛みなきことをえんや。乃至 先王つみなきに、よこさまに逆害を興ず。われ亦むかし智者の説きて言いしをききき。もしひと父を害することあればまさに無量阿僧祗劫において、大苦悩をうくべしと。我いま久しからずして、かならず地獄に堕せん。また良医のわが罪を救療することなけん。大臣すなわちいわく、ややねがわくば大王、愁苦を放捨せよ。王きかずや、むかし王ありき。なづけて羅摩といいき。その父を害しおわりて、王位をつぐことをえたりき。跋提大王、毘楼真王、那[ゴ02]沙王、迦帝迦王、毘舎[キョ02]王、月光明王、日光明王、愛王、持多人王、かくのごときらの王、みなその父を害して王位を紹〈つ〉ぐことをえたりき。然るにひとりとして王の地獄にいるものなし。いま現在に毘瑠璃土、優陀耶王、悪性王、鼠王、蓮華王、かくの如き等の王、みなその父を害せりき。悉くひとりとして王の愁悩を生ぜるものなし。地獄、餓鬼、天中というといえども、たれか見るものあるや。大王ただしふたつの有あり。一には人道、二には畜生なり。この二ありといえども、因縁生にあらず、因縁死にあらず。もし因縁にあらずば、なにものか善悪あらん。惟〈やや〉ねがわくば大王、愁怖をいだくことなかれ。何を以てのゆえに、もし常に愁苦すれば、愁えついに増長す、人ねむりをこのめば、眠りすなわち滋く多きがごとし。婬を貪し酒をたしなむも、またまた是の如しと。乃至 阿耆多舎欽婆羅 乃至
(2-557)
また大臣あり。なづけて吉徳という。乃至 地獄というは、なんの義ありとかせん。臣まさに之をとくべし。地は地になづく、獄は破になづく。地獄を破せんに罪報あることなけん。これを地獄となづく。また地は人になづく、獄は天になづく、その父を害するをもてのゆえに、人天にいたらん。この義をもってのゆえに婆蘇仙人となえていわく、羊を殺して人天の楽をう、これを地獄となづく。また地は命になづく、獄は長になづく、かの寿命の長を殺すをもってのゆえに地獄となづく。大王この故にまさに知るべし、実に地獄なけん。大王、麦をうえて麦をえ、稲をうえて稲をうるがごとし。地獄を殺してはかえりて地獄をえん。人を殺害してはかえりて人をうべし。大王いままさに臣の所説をきくに、実に殺害なかるべし。もし有我ならは実にまた害なし、もし無我ならばまた害するところなけん。何を以ての故に、もし有我ならばつねに変易なし、常住をもってのゆえに殺害すべからず、不破、不壊、不繋、不縛、不瞋、不善はなおし虚空のごとし。いかんぞまさに殺害の罪あるべき。もし無我ならば諸法無常なり。無常をもってのゆえに念々壊滅す。念々に滅するがゆえに殺者死者みな念々に滅す、もし念々に滅せば、たれかまさに罪あるべき。大王、火水をやくに、火すなわち罪なきがごとし。斧樹をきるに、斧また罪なきがごとし。鎌くさをかる、鎌実に罪なきごとし。刀、人をころすに、かたな実に人にあらず、刀すでに罪なきがごとし。人いかんぞ罪あらんや。毒人をころすに、毒実に人にあらず、毒薬つみにあらざるがごとし。人いかんぞ罪あらんや。一切万物、みなまた是のごとし。実に殺害なけん。いかんぞ罪あらん。惟〈やや〉ねがわくば大王愁苦を生ずることなかれ。何をもってのゆえに、もしつねに愁苦せば、愁ついに増長せん。人ねむりを喜〈この〉めば、
(2-558)
ねむりすなわち滋く多きがごとし。婬を貪し酒をたしなむも、またまたかくのごとし。いま大師あり、迦羅鳩駄迦旃延となづく。 乃至
またひとりの臣あり。無弁畏となづく。乃至 いま大師あり尼乾陀若[ケン01]子となづく。乃至
そのときに大医あり、なづけて耆婆という。王のところに往至して白してもうさく。大王、安眠することをえんや、いなやと。王、偈をして答えていはく、乃至 耆婆。われいま病おもし。正法の王において悪逆害をおこす。一切の良医、妙薬、呪術、善巧、瞻病の治することあたわざるところなり。何をもっての故に、わが父法王、法のごとく国をおさむ。実に辜咎なし、よこさまに逆害を加う。魚の陸に処するがごとし。乃至 われむかし智者のときていいしをききき。身口意業もし清浄ならずば、常に知るべし、この人かならず地獄に堕せんと。われまたまたかくのごとし。いかんぞまさに安穏に眠ることをうべきや。いま我また無上の大医の、法要を演説して、わが病苦をのぞくことなしと。耆婆こたえていわく、よきかなよきかな、王つみをなすといえども、心に重悔を生じてしかも慚愧をいだけり。大王、諸仏世尊つねにこの言をときたまわく、ふたつの白法ありよく衆生をたすく。一には慚、二には愧なり。慚はみずからつみをつくらず、愧は他をおしえてなさしめず。慚はうちにみずから羞恥す。愧は発露してひとにむかう。慚は人にはず、愧は天にはず、これを慚愧となづく、無慚愧はなづけて人とせず。なづけて畜生とす。慚愧あるがゆえ、すなわちよく父母、師長を恭敬す。慚愧あるがゆえに、父母、兄弟、姉妹あることをとく。よきかな大王つぶさに慚愧あり。乃至 王の言うところのごとし。よく治す
(2-559)
るものなけん。大王、まさにしるべし、迦毘羅城に浄飯王の子、姓は瞿曇氏、悉達多となづく。師なくして覚悟せり。自然にして阿耨多羅三藐三菩提をえたり。乃至 これ仏世尊なり。金剛智ましまして、よく衆生の一切悪罪を破せしむ。もしあたわずといわば、この処〈ことわり〉あることなけんと。乃至 大王、如来に弟提婆達多あり。衆僧を破壊し、仏身より血をいだし、蓮華比丘尼を害す。三逆罪をつくれり。如来ために種々の法要をときたまうに、その重罪をしてすなわち微薄なることを得しめたまう。このゆえに如来を大良医とす。六師にはあらざるなり。乃至
大王、一逆をつくれば、則ちつぶさに是のごときの一罪をうく。もし二逆罪をつくらば、すなわち二倍ならん。五逆つぶさならば、罪もまた五倍ならん。大王、いま定めてしんぬ、王の悪業かならず免るることをえじ。惟ねがはくは大王、すみやかに仏のみもとにもうずべし。仏世尊をのぞきて余はよく救うことなけん。われいま汝を愍れむがゆえに、あい勧めてみちぴくなりと。そのときに大王この語をききおわりて、心に怖懼をいだけり。身をあげて戦慄す。五体掉動して芭蕉樹のごとし。仰いでこたえていわく、天これ誰とかせん。色像を現ぜすしてただ声のみありていわく、大王、われはこれ汝が父頻婆娑羅なり。なんじいままさに耆婆の所説にしたがうべし。邪見六臣の言にしたがうことなかれと。ときに聞きおわりて悶絶地にたうる。身のかさ増劇して、臭穢なること、さきよりもまされり。冷薬を以てぬり、瘡を治療すといえども、瘡〈かさ〉蒸〈あつか〉わし。毒熱ただ増して損ずることなし。 已上抄出
(2-560)
(一)大臣、日月称となづく。(一)富闌那となづく。(二)蔵徳 (二)末伽梨拘舎離子となづく。(三)一の臣あり、なづけて実徳という。(三)刪闍耶毘羅肱子となづく。(四)一の臣あり、悉知義となづく。(四)阿奢多翅金欽娑羅となづく。(五)大臣なづけて吉徳という。(五)婆蘇仙。(六)加羅鳩駄迦旃延。(六)尼乾陀若[ケン01]子となづく。
【字解】一。王舎大城 梵名ラーヂャグリハ(Rajagriha)中印度摩竭陀国の都城、紀元前六世紀、頻婆娑羅王の築くところ、その子阿闇世王もここに都し、釈尊の最とも多く伝道せられた地である。今のラージャギル(Rajgeir)の地に当る。
二。阿闇世 梵語アヂャータシャトル(Ajata'satru)ア(阿)は未、ヂャータ(闍)は生、シャトル(世)は怨、即ち未生怨と訳す。初め父頻婆娑羅王が、年老いて子なきを憂え、相者をして占わせると、某山に自分の子となって生まるべき仙人がいることを知り、未だ命数の尽きない中に、人をして其の仙人を殺した。仙人の臨終の怨みが、太子と生れて、父王の怨敵となったと云われている。そしてその名も未生怨とつけられたと云うのである。王は十七歳の時、提婆に唆かされて、父王を殺して王位に上〈のぼ〉ったが、間もなく自分の子を愛する念から、父母の慈愛に目が醒め、旧悪を懺悔して、仏教に帰依し、仏教外護の大施主となった。釈尊滅後、第一結集の際は大檀越として、此の聖業を完成せしめた。其の後も大迦葉、阿難に奉持し、大いに仏法興隆に力を尽した。
三。口四悪 十悪中の口の四悪。妄語、綺語、悪口、両舌。
四。華報 来世の果報を受ける前に、さながら果実を結ぶ前に花咲くように、現世に於いて、善悪の報を受
(2-561)
けること。
五。地獄 梵語耶落迦(Naraka)、無幸処と訳す。地獄は義訳である。地下にある獄の義。閻浮提の地下二万由旬にして無間(阿鼻)地獄あり。その上に重層して、大焦熱、焦熱、大叫喚、叫喚、衆合、黒縄、等活の七地獄あり。之を八熱地獄という。この地獄の各に四門あり、四門の外に各四小地獄あり、即ち一地獄に十六小地獄ある故に、総べて一百三十六地獄となる。又八熱地獄の周囲に八寒地獄(額部陀、尼刺部陀、額*(タツ 口+折)[タ04]、*(カク 目+霍)*(カク 目+霍)婆、虎々婆、*(ウン 口+鰮−魚)鉢羅、鉢特摩、摩訶鉢特摩)がある。総称して八寒八熱の大地獄という。
六。韋提希 上五二三頁をみよ。
七。四大 ここでは肉体という意。上二一八頁をみよ。
八。黒業 悪業のこと。
九。白業 善業のこと。
一〇。提婆達多 梵語デーワダッタ(Deva-datta)天授と訳す。釈尊の従兄弟、阿難の兄、甘露飯王の子と称せらる。
挿図(yakk2-561.gif)
┏ 浄飯王━━━━ 悉達多(釈尊)、難陀
師子頬王━┫ 白飯王───┐
┃ 解飯王───╋ 提婆達多、阿難
┗ 甘露飯王━━┛
(2-562)
点線のような他の二王の子という説もある。或いは又拘利城主善覚長者の子で、耶輸陀羅姫の兄とも云われている。釈尊の弟子となり、晩年に釈尊に反抗し、阿闍世王を唆かして父王を殺さしめ、自分は釈尊を三度も殺さんとしたが、遂に生きながら大地獄の中へ捲き込まれたと伝う。
一一。迦羅々虫 黒虫と訳す。生まるれば必ず母虫を害すという。
十二。騾腹懐妊 芭蕉は実を結んで枯れ、騾馬は子を妊んで死すと『普曜経』等に説かれてある。
十三。瓔珞 印度の貴人、殊に婦人や少年が、頭、頚、胸などに掛けた珠玉の飾りをいう。
一四。僧祗物 僧砥は僧伽、即ち僧家に所有するものをいう。
一五。阿鼻地獄 梵語アイーチナラカ(Avici-Naraka)無間地獄と訳す。八熱地獄の最下に位し、間〈ひま〉なく苦しみを受く、故にこの名あり。
十六。耆婆 梵語ヂーワカ(Jivaka)釈尊当時の名医。父は王舎城の王子無畏、母は時の全盛の娼婦娑羅跋提である。彼女は耆婆を生みて之を路傍に捨てたが、不思議にも父の無畏王子に拾われ、成長の後、北方得叉尸羅国にゆき阿提梨賓迦羅という人に就いて医術を学び、帰りて内外科ともに非凡の手腕を振い、屡〈しばしば〉釈尊の病を治した。
一七。辜咎 辜は罪、即ちつみとが。
一八。迦毘羅城 釈尊誕生の故城。梵語カピラワスツ(Kapilavastu)今のニポール国タライ地方である。
(2-563)
釈尊の晩年、舎衛歓国主瑠璃王のために滅され、西暦五世紀の初め、法顕三蔵の旅行せし頃は、城址荒れ果てて、民家数十散在しておったという。
一九。浄飯王 迦毘羅衛国主。釈尊の父。梵語シュッドホーダナ(Suddhodana)。父は獅子頬王。
二〇。瞿曇 釈迦族の姓にして、又釈尊の通称。梵語ゴータマ(Gotama or (Gatama)種迦種族の先祖の事〈つか〉えた仙人の名であったのを、一族の姓にしたと伝えらる。
二一。蓮華比丘尼 神通第一の比丘尼として有名であった。在俗中はしばしば悲惨の境遇に陥り、遂に目連尊者によりて出家し、修道堅固にして比丘尼教国の上首となったが、提婆か阿闍世王に疎んぜられし時、彼女は宮城より出で来りて提婆に逢い、遂に撲殺された。
【文科】「梵行品」によりて、阿闍世王の逆害後の煩悶をのべ、六師の誘惑と、耆婆の勧化を説きたまう一段である。
【講義】又『涅槃経』梵行品に言わく。王舎城に阿闍世という王があったが、狂悪な性質〈うまれつき〉で、人を殺すことを何とも思わず、口には四悪を絶たず、心には貪欲瞋恚愚痴の煩悩を起こして、逆〈さか〉まく浪のようなはげしい王であった。妻子眷属にまつわって、現世の欲楽にふけり、その欲楽を遂げんがために、無道にも辜のない父の頻婆娑羅王を殺すようになったのである。父の王を殺してから、狂猛な悪人ながら、流石に後悔を生じ煩悶するようにな
(2-564)
った。この心の煩悶が、肉体に顕われて、瘡毒となり、その瘡が穢臭を放って寄りつくことが出来ないようであった。王は自ら思うよう、私は今現に生きながらこういう地獄の業報を受けて居る。もう地獄へ落ち込んで苦患を受けることも間のないことである。王はこう思うで独り苦みを重ねて居った。その王の病気の間、母の韋提希夫人は、我子の可愛さに引かれて、瘡毒の臭きも厭わず、子の無道をも憤らず、種々の薬を王の身体に塗ってやったが、瘡はこれがために勢いを増しても決して減ずるということはなかった。阿闍世は母にいうよう、私のこの瘡は心の煩悶から生じたので身体から出たのではありません。それで決して癒〈なお〉る理窟はありません。王はこうして苦しみを受けて居った。
時に日月称という大臣があったが、王の座所へ参り、御伺いをして片方に立って申し上げるには、大王は何故そのようにおやつれになり、両白くない御顔色をして御座るのでありますか、御身体の御痛みでありますか、御心の御痛みでありますか。王はこれに答えていうよう、私は今どうして、身体も心も苦しみ痛まずに居られようか。私は何の罪も在〈おわ〉しまさぬのに父の王に無道の逆罪を加え奉った。私は昔智慧ある人に聞いたことがある。地獄へ堕ちるに間違ない人間が世間に五人ある。五逆罪を作ったものだということである。
(2-565)
私は今現に数限りもない沢山の罪を負うておる。この私がどうしで身も心も痛まずにいられようぞ、私の身体の病を治して呉れる医者はないのである。
日月称大臣は更に王にいうよう。大王、そんなに御心配遊ばすな。世の中にも「心配すれば心配は増すもの、眠れば益々眠たいもの、色も酒も同じこと」というじゃありませんか。王の仰しゃる様に、地獄へ堕ちるに間違ない人間が五人あるなどと仰せになりますが、そんなら地獄へ行って見て来て大王に御話したものでもありますのか。地獄というは、この世間にあるもののことです、智者のいうたというのはそのことです。大王よ、あなたは、あなたの御病気を治す医者がないと仰せになりますが、今、富蘭那という大医がありまして、この人は一切知見を有し、自在定を得て、清浄の行業をして居られます。この人は常に数限りもない衆生のために、さとりの法を説いております。この人の弟子に教ゆる所に依れば、悪業というものもなければ、悪業の果報というものもない。善業というものもなければ、善業の果報というものもない。上業だの下業だのというものはない。こういう説法であります。この人は今王舎城に来ておりますが、願くば大王、どうぞ駕を枉げてこの人の所へ行いて法を聞き、身心の御病気を療治遊ばれるううに願います。
(2-566)
王はこれに答えて、そんなによく、私の今迄の罪を除き去ってくれる人ならば、私は帰依いたそう、といった。
又蔵徳という大臣があったが、この人も王の座所へ入って次の様に申し上げた。
大王よ、あなたは何故に御顔の艶が衰えて、唇はがさがさと乾いて、御声もそんなに細り給うたのでありますか、御苦しみは身体の方でありますか、御心の方でありますか。
王はこれに答えて申すよう。私は今どうして身体も心も痛まないでいられようぞ、私は盲で、智慧の目がない。悪い友達に近づいて、提婆のような悪人にそそのかされて、正法を護持して居られた父の王に無道な逆害を加え奉った。私は智者の偈を説くのを聞いたが、父母や、仏又は仏弟子に対して、善からぬ心を起こし悪事をしたものは、阿鼻大地獄の果報を受けるという意味であった。これを思えば、私は氷を抱くように心がふるえて苦しむのじゃ。私を療治してくれる良医はないのじゃ。
大臣は更に申し上げるよう。大王、そんなに御心配あそばすな。一概に法と申しますけれども、法にも二通りありて出家の法と王法とは違います。王法に依れば、父を殺害するものは国王となるだけのことであります。これは勿論逆さ事ではありますが、決して罪には
(2-567)
なりませぬ。迦羅羅という虫は母の腹を破って生まれますが、自然の与えた生まれる法がそういうのでありますから、母虫の身を破っても罪はありません。*(ク 馬+巨)驢は子を生むと死にますが、これも自然の法だから罪になりません。王家を治める王法も亦この通り、目上の父や兄を殺した処で罪になりません。それは出家の法は厳しいもので蚊や蟻を殺しても罪になりますが、王法とは根底から相違があるのであります。大王は王の御病気を治す医者はないと仰せになりますが、今未伽梨狗[シャ02]梨子という一切知見の大先生があって、衆生を赤子〈せきし〉のように憐れみ、自ら凡ての煩悩を離れて御座るから、衆生の貪瞋痴の三毒の毒箭を抜いて下さります。この大先生は今王舎城に居りますから、どうぞ大王自らこの人の所へ御行き下さい。大王がこの人に御遇い下されば、すべての罪は皆消えて仕舞います。
王はこれに答えていうよう。そんなに能く私の罪を除き去って呉れる人ならば、帰依するであろう。
又実徳という大臣があったが、この人も王の座所へ行って、偈を説いていうよう。大王何故あなたは瓔珞を抜ぎ去り、蓬のように髪を乱して御座るのか。心の苦痛でありますか、又は身体の苦痛に堪えないのでありますか。
(2-568)
王はこれに答えて、私は今どうして身心共に苦痛を感ぜずにいられようぞ。私の父は慈愛溢れ仁深く、常に憐れみを垂れ給うた方で罪は少しも在〈い〉まさなんだのだ。父の王は、人相見の所へ行きて尋ね給うた時に、人相見は、この御児様が生れ給うときっと大王を殺す方になられますと答えた。父はこの予言をきいても猶御厭いなく、私を可愛がって下された。私は昔智者のこう語るをきいたことがある。母に通じたり、比丘尼を汚したり、僧伽のものを盗んだり、無上菩提心を起こした人を殺したり、又は父を殺したりする人は無間他獄に堕つるというのである。して見れば、私はどうして身心の苦痛を感ぜずにいられようぞ。
大臣更に申し上げるよう。大王どうぞ且くその御心配を止めて下さい。すべての衆生は皆過去の業を持って居ります。過去の業があるからいろいろの生死を受けるので、先王にも同じく過去の業縁で、あの様な果てようをなされたのでありますから、王には何も罪はないのであります。大王どうぞ、意を寛うして御心配を止めて下さい。「心配すれば心配は増すもの、眠れば、益々眠むたいもの、色も酒も同じこと」という諺〈ことわざ〉もあります。今、刪闍耶毘羅肱子という大先生がありますが、この人の処へ駕を枉げて、法をきいて下さい。
(2-569)
又、悉知義といふ大臣があって、王の座所へ往き、かく申し上げた。
王はこれに答えて申された。私は今どうして、身心の苦痛を受けずにいられようぞ。父の王には罪在まさぬのに逆害を加えたのは私である。私は昔智者が、父を殺せば数限りもない長の間大苦悩を受けぬばならぬというたことをきいたが.私は間もなく地獄に堕ねばならぬ。この身心の病気を治して呉れる医者はどこにもない。
その時大臣は又申すよう、大王どうぞその御心配を捨てて下さい。大王も御聞き及びのことでありましょうが、昔、羅摩という王があって、父を殺して王位に昇った。跋提大王、毘楼真王、那[ゴ02]沙王、迦帝迦王、毘舎[キョ02]王、月光明王、日光明王、愛王、持多人王、これらの王はみな父の王を殺して、王位を紹〈つ〉いだ人達である。然も一人の王も地獄へ堕ちたものはない。それのみならず、今現に毘璃瑠王、優陀耶王、悪性王、鼠王、蓮華王など、父を殺して王位を奪った王は幾人もありますが、一人もそのように苦しんでいる人はない。地獄、餓鬼、天などいうて居りますけれども、誰もそんなものを見たものはないので、あるものは人間と畜生だけなのであります。それも実は因と縁とで出来たものでもなければ、又因と縁とで滅びて行くものでもありません。もし因縁で生死するものでなければ、
(2-570)
善悪などいうことも何処にもないのであります。どうぞ大王、その御心配を去って下さい。「心配すれば心配は増すもの、眠れば、益々泯むたいもの、色も酒も同じこと」という諺もあります。大王、今阿耆多翅舎欽娑羅という大先生がありますから、この人の処へ行いて法を聴いて下さい。
又吉徳という大臣があった。前の大臣等と同じい様に、初め大王と問答して、扨て改めていうよう。地獄というはどういう意味でありましょう。私が説明してみましょう。地は大地の地である。獄は破るということである。地獄を破って、罪業の報のないというのが地獄の義である。又、地は人、獄は天で、父を殺して人天の楽を得るというのが地獄の義である。それであるから婆蘇仙人は、羊を殺して人天の楽をうるを地獄というというている。又、地は命、獄は長いという義で、寿命の長いのを殺すというが地獄ということである。してみれば大王、地獄というものは全くないのである。大王麦を種〈う〉えれば麦がとれます。米を蒔けば米がとれます。してみれば地獄を殺せば地獄を得るし、人を殺せば人に生れるというのが当り前であります。大王、今私のいうことをきいて下さい。一体世に殺すということはないのであります。何故なれば、有我というても殺はなく、無
(2-571)
我というても殺はない。有我ならば、我は変らぬ常住のものだから殺すということはない。破られもせず壊されもせず、縛られず、繋〈つな〉がれず、瞋〈いか〉られず、喜ばれない、丁度虚空の様なのが我である。してみれば、どうして殺害の罪というものが成り立ちましょうか。もし又我がないものとすれば、一切諸法はすべて無常なもので、念々に滅するものであるから、殺すものも殺されるものも又皆、念々に滅するのである。もしこの様に念々に滅するものとすれば、誰に罪があるとしょうか、罪を受くべき責任者は何処にもないではありませんか。大王よ、火が木を焼いても誰も火に罪があるとは申しませぬ。又斧が樹を斫〈き〉っても、鎌が草を刈っても、罪はありませぬ。又刀が人を殺しても、刀は人でないから罪のないように、人も又罪はありませぬ。毒薬が人を殺してもその通り、毒薬は人でないから罪がなく、人も亦罪のあろう道理はありませぬ。一切のものが、みなこれと同じ様に、殺すということはないのであります。大王よ、どうぞ御心配遊ばすな。「心配すれば心配を増し、眠れば益々眠むたく、色も酒もその通り」というじゃありませんか。今迦羅鳩駄迦旃延という大先生が在ますから、どうぞその人の処へ御出でて法をきいて下さい。
又、無所畏という大臣があったが、この大臣も亦前の人達と同じように大王をなぐさ
(2-572)
めて、尼乾陀若[ケン01]子の所へ行くようにすすめた。
その時、耆婆という有名な医者があった。この人も亦、王の座所へ見舞して、申し上げるには、大王、御安眠が出来ますか。
王はこれに偈を以て答えられた。耆婆よ、私は今重病にかかっている。王法を護持し給うた父王に無道な逆害を加えた、それから起こって来た重病である。この病気は、どんな名医でも呪法〈まじない〉でも、手のとどいた巧な看病でも療治することの出来ない病気である。何故かといえば、私の父は正法を護持せられた王で、法の如くに善く国を治められ、少しも罪の在まさぬのに、私は無道の逆害を加え奉った。丁度水中の魚を陸へ引き上げたような仕業である。私は昔智者が身口意の三業の清浄でないものは必ず地獄に堕つると説いたのをきいたことがある。私は今それである。どうして安眠することが出来ようぞ。今私の病苦はいかなる大医もこの上ない名医も、法の薬を説いて治して下さることは出来ないのである。
耆婆はこれに答えていうよう。善い哉、善い哉、大王は大罪を犯し給うたけれども、今この大後悔を生じ、大慚愧の心を起こして御座る。大王よ、諸仏世尊は常に宣うよう、二つ
(2-573)
の善い法があって、衆生を救い出す、一は慚である。二は愧である。慚というは自分再び罪を作らないようにする心である。愧というは、他人をして再び罪を作らさない様にする心である。又慚は、自ら内心を省みて恥じる心ばえであり、愧はその心が露〈あら〉われて他人に対して愧〈は〉ずる心ばえである。又慚というは人前を恥じ、愧というは天に向って恥ずる心である。これが慚愧である。この慚愧心のない人は人ではない、畜生である。慚愧心があるから父母師匠目前の人を救う心も起こり、慚愧心があるから、父母兄弟姉妹の関係が結ばれるのである。大王あなたが今この慚愧の思いを充分に味おうて御座るというは誠にうれしいのであります。
大王よ、今あなたの重病を癒〈なお〉してくれる医者がないというのは、あなたの仰せられる通りであります、然し大王、よく御知りなさい。今迦毘羅城に浄飯大王の御子様で瞿曇姓で、悉達多という方があります、この方は師を待たずに独りでに覚悟〈さとり〉を開き、無上正真道を得なさりました、此の方こそ仏であります。世に最も尊ぶべき方であります。よく障碍を破ること金剛の如き智慧を有し、衆生のすべての罪過を消滅して下されます。この仏世尊があなたの重病を治して下さられんということはありませぬ。
(2-574)
大王よ、この如来には従弟の提婆達多という人があります。この提婆は衆僧の和合を破り、仏の御身体から血を出し、蓮華比丘尼を殺し、五逆罪の中三逆罪までも作った人であります。如来はこういう悪人に対して、いろいろの大切の法を御説きなされて、その重い罪を軽くして下されました。それでありますから如来を大良医と申します。六師外道を良医とは申しませぬ。
その時に空中に声あっていうよう。大王よ、一逆罪を作れば、それに相当した罪を受ける。三逆罪を作れば三倍になり、五逆罪を作れば五倍になる。大王よ、してみれば大王の今までの罪は到底堕獄を免かれないのである。大王どうぞ一時も早く如来の御許に行け、如来を除いては王を救うて下さる方はないのである。私は王の身の上が気の毒であるから、こうして来て勧めるのである。
その時阿闍世王は、この空中の語をきいて非常に怖れを懐き、丁度芭蕉の葉のように身体中ぶるぶると慄〈ふる〉わして空中を仰いで、天よ、あなたは誰方〈どなた〉でありますと問うた。空中からしては、もとの通り相〈すがた〉を顕わさないで声のみして、大王、私は王の父の頻婆娑羅である。王よ、耆婆のすすめに随って早く世尊の御許に行くがよい。決して邪見な六大臣の
(2-575)
語に迷わされてはならぬとの答があった。
この語をきいて、阿闍世王は中心の悶えの余り気絶して大地に蹄〈たお〉れた。すると身体中の瘡が一時に増して、その臭いこと、以前に倍するようになった。冷薬を塗って治績せ・しょうとしても、瘡は益々華を開いたように割れては毒熟を吐いて、増しても減ずるようなことはなかった。
日月称という大臣は富蘭那外道をすすめ、蔵徳という大臣は末伽梨拘[シャ02]梨子外道をすすめ、実徳という大臣は刪闍耶毘羅肱子外道をすすめ、悉知義大臣は阿嗜多翅舎欽婆羅外道をすすめ、吉徳大臣は婆蘇仙の言を引いて、加羅鳩駄迦旃延外道をすすめ、無所畏大臣は尼乾陀若提子外道をすすめたのである。
【余義】一。此の下正しく阿闍世王の痛烈〈はげ〉しい苦悶〈くるしみ〉を明かす。伝うる所によれば、阿闍世王は父王を幽閉して食を断たしめ、更に父王が窓を通して遥かに耆闍崛山の翠緑を仰いで釈尊を念ずる様を知りて、その窓を塞ぎ、足裏を削らしめた。かような残忍を檀〈ほしいまま〉にした間もなく阿闍世王はその子優陀耶が腫物を病んで傷々しく泣いているのを見て、可愛さ余りてその膿血を吸うてやった、母韋提希夫人はこの時傍にありて、泣いて父頻婆娑羅王が阿闍
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世の幼少の折、矢帳りかように膿を吸われたことを告げた。王は之を聞いて、子に対する愛情から電気に撲たれたように父王の愛情を感じた。そして狂気の如く臣下を父王の牢獄に遣わして、父王の安否を見せしめたが、父王はもう此の時は息絶えてあった。阿闍世王の取り返しのつかぬ罪悪感はこの時より起って、日夜に心を噛んだのである。本文に「我父辜なきに横に逆害を加う」と自らの罪悪を摘発〈あばきだ〉して、堕獄の感に戦〈おのの〉いていることによりて明らかである。
二。六師外道中、第一富蘭那迦葉(Purana kasyapa)外道は、空見を主帳する、即ち因果を否定して自己の責任を免れんとするのである。
第二末伽梨拘[シャ02]梨子(Maskaragosali-putra)外道は常見を主帳する、人は必ず又人に生まる。そして其の人の苦楽は、生後自然に受ける、従って殺生に就いても責任を受けないというのである。
第三刪闍耶毘羅胝子(Samjayavairatti putra)は、舎利弗、目連の最初の師として有名である。人は皆前世の宿業によりて果報を獲る。これは人間の意志でどうすることも出来ないのである、故に吾等が現世に罪悪を犯しても、決して責任を受けるに及ばぬ。この理
(2-577)
を知らざるによって、人は造罪の為に苦められると云う一種の宿命論者である。
第四、阿耆多翅舎欽婆羅(Ajatakesa-kambala)外道は、自然生を主張す、即ち善悪因果を否定して、罪悪より免れんとする。そしてこの外道は髪を抜き、弊衣を着けて苦行をこととした。
第五、迦羅鳩駄迦旃廷(Karakudakatyayana)外道は、自在天外道らしい。犠牲を供えて福祉を得ることを説いている、又巧妙なる思弁を弄し、一種の哲理を説いて罪悪を否定している。
第六、尼乾陀若提子(Nirgranthajnti-putra)外道は裸形外道である。衣服という虚飾を捨て赤裸々な生活を営みて、苦行を修す。現世に苦しんでおけば来世には福徳を獲るというのである。
以上六帥外道は、当時王舎城に於いて、多くの弟子を養成し、云はば宗教家と教育者と兼帯のような資格を有し、その日常生活に於いても、思想に於いても一般人に抜きんでておった為に、衆人の尊崇を受け、祭祀を司り宗教上のことに就いて、一般人の師匠であった。彼等は亦遊行者と称せられ、各地を遍歴して道を弘めることは釈尊と同じであった。
(2-578)
そしてこれが当時印度宗教家の布教振りであったのである。
六師の説は経典の各所に断片的に説かれてある丈で、その委しい教えの内容を知ることは出来ぬ。本文にもほんの教えの筋道だけしか説いてない。されど上の記載丈にても大体の骨組を知ることが出来る。阿闍世王の逆害の苦悶を中心として、各の説が述べられてあるが、王はこれらの説によりて、苦悶をなくすることが出来なかった。いかに学説に依り思弁を弄しても、現在自分の中心に喰い込んでいる罪悪感は拭い去ることは出来ぬ。愛子の苦痛を自己の苦痛と感ずる王は、同様に父王の苦痛を自己の苦痛と感ぜざるを得ない。これは論理や学説に得たるものではない。直接経験である。その深さは実に生命とその根を一にしているのである。
かくて王は、耆婆の慰問を受けた。耆婆は頻婆娑羅王の弟の子、その母は王舎城第一の遊女であった、彼は生後直ちにその母に捨てられたが、たまたま父の王子に捨われて名医となった。そして深く釈尊に帰依し、この年(成道三十七年)もちょうど自分の邸内に釈尊を請じて雨期の修道を保護