改邪鈔
一 今案の自義をもって名帳と称して祖師の一流をみだる事。
曾祖師黒谷聖人の御製作『選択集』にのべらるるがごとく「大小乗顕密の諸宗におのおの師資相承の血脈あるがごとく、いままた浄土の一宗において、おなじく師資相承の血脈あるべし」と云々 しかれば、血脈をたつる肝要は、往生浄土の他力の心行を獲得する時節を治定せしめて、かつは師資の礼をしらしめ、かつは仏恩を報尽せんがためなり。かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の「信心歓喜乃至一念」(大経)等の文をもって依馮とす。このほか、いまだきかず、「曾祖師源空祖師親鸞両師御相伝の当教において、名帳と号して、その人数をしるして、もって往生浄土の指南とし、仏法伝持の支証とす」ということをば。 これおそらくは、祖師一流の魔障たるをや。ゆめゆめかの邪義をもって、法流の正義とすべからざるものなり。もし「即得往生 住不退転」(大経)等の経文をもって、平生業成の他力の心行獲得の時剋をききたがえて、「名帳勘録の時分にあたりて、往生浄土の正業治定する」なんどばし、ききあやまれるにやあらん。ただ別の要ありて人数をしるさば、そのかぎりあり。しからずして、念仏修行する行者の名字をしるさんからに、このとき往生浄土のくらい、あに治定すべけんや。この条、号するところ「黒谷・本願寺両師御相承の一流なり」と云々 展転の説なれば、もしひとのききあやまれるをや。殆信用するにたらずといえども、こと実ならば、付仏法の外道か。祖師の御悪名といいつべし。もっともおどろきおもいたまうところなり。いかに行者の名字をしるしつけたりというとも、願力不思議の仏智をさずくる善知識の実語を領解せずんば、往生不可なり。たとい名字をしるさずというとも、宿善開発の機として、他力往生の師説領納せば、平生をいわず、臨終を論ぜず、定聚のくらいに住し、滅度にいたるべき条、経釈分明なり。このうえは、なにによりてか経釈をはなれて、自由の妄説をさきとして、わたくしの自義を骨張せんや。おおよそ本願寺の聖人門弟のうちにおいて二十余輩の流々の学者達、祖師の御口伝にあらざるところを禁制し、自由の妄義を停廃あるべきものをや。なかんずくに、かの名帳と号する書において序題をかき、あまっさえ意解をのぶと云々 かの作者において誰のともがらぞや。おおよそ師伝にあらざる謬説をもって、祖師一流の説と称する条、冥衆の照覧に違し、智者の謗難をまねくものか。おそるべし、あやぶむべし。
一 絵系図と号して、おなじく自義をたつる条、謂なき事。
それ聖道・浄土の二門について生死出過の要旨をたくわうること、経論章疏の明証ありといえども、自見すればかならずあやまるところあるによりて、師伝口業をもって最とす。これによりて意業におさめて出要をあきらむること、諸宗のならい勿論なり。いまの真宗においては、もっぱら自力をすてて他力に帰するをもって、宗の極致とするうえは、三業のなかには口業をもって他力のむねをのぶるとき、意業の憶念帰命の一念おこれば、身業礼拝のために、渇仰のあまり瞻仰のために、絵像木像の本尊をあるいは彫刻しあるいは画図す。しかのみならず、仏法示誨の恩徳を恋慕し仰崇せんがために、三国伝来の祖師・先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。そのほかは祖師聖人の御遺訓として、たとい念仏修行の号ありというとも、「道俗男女の形体を面々各々に図絵して所持せよ。」という御おきて、いまだきかざるところなり。しかるに、いま祖師・先徳のおしえにあらざる自義をもって、諸人の形体を安置の条、これ渇仰のためか、これ恋慕のためか、不審なきにあらざるものなり。本尊なおもて『観経』所説の十三定善の第八の像観よりいでたる丈六八尺随機現の形像をば、祖師あながち御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなわち「帰命尽十方無碍光如来」(浄土論)をもって、真宗の御本尊とあがめましましき。いわんや、その余の人形において、あにかきあがめましますべしや。末学自己の義すみやかにこれを停止すべし。
一 遁世のかたちをこととし、異形をこのみ、裳無衣を着し、黒袈裟をもちいる、師かるべからざる事。
それ出世の法において五戒と称し、世法にありては五常となづくる仁・義・礼・智・信をまもりて、内心には他力の不思議をたもつべきよし師資相承したてまつるところなり。しかるに、いま風聞するところの異様の儀においては、「世間法をばわすれて仏法の義ばかりをさきとすべし」と云々 これによりて世法を放呵するすがたとおぼしくて、裳無衣を着し黒袈裟をもちいるか。はなはだ、しかるべからず。『末法燈明記』伝教大師諱最澄製作 には、「末法には袈裟へんじてしろくなるべし」とみえたり。しかれば、末法相応の袈裟は白色なるべし。黒袈裟においてはおおきにこれにそむけり。当世都鄙に流布して遁世者と号するは、多分、一遍房・他阿弥陀仏等の門人をいうか。かのともがらは、むねと後世者気色をさきとし、仏法者とみえて威儀をひとすがたあらわさんとさだめ、振舞うか。わが大師聖人の御意は、かれにうしろあわせなり。つねに御持言には、「われはこれ賀古の教信沙弥 この沙弥の様禅林の永観の『十因』(往生十因)にみえたり の定なり」と云々 しかれば、縡を専修念仏停廃のときの左遷の勅宣によせましまして、御位署には愚禿の字をのせらる。これすなわち、僧にあらず、俗にあらざる儀を表して、教信沙弥のごとくなるべしと云々 これによりて「たとい、牛盗とはいわるとも、もしは善人、もしは後世者、もしは仏法者とみゆるように振舞うべからず」とおおせあり。この条、かの裳無衣・黒袈裟をまなぶともがらの意巧に、雲泥懸隔なるものをや。顕密の諸宗・大小乗の教法になお超過せる弥陀他力の宗旨を心底にたくわえて外相にはその徳をかくしまします。大小権化の救世観音の再誕、本願寺親鸞聖人の御門弟と号しながら、うしろあわせに振舞いかえたる後世者気色の威儀をまなぶ条、いかでか祖師の冥慮にあいかなわんや。かえすがえす停止すべきものなり。
一 弟子と称して同行等侶を自専のあまり、放言悪口すること、いわれなき事。
光明寺の大師の御釈には、「もし念仏するひとは、人中の好人なり。妙好人なり、最勝人なり、上上人なり」(散善義)とのたまえり。しかればそのむねにまかせて、祖師のおおせにも、「それがしは、まったく弟子一人ももたず。そのゆえは、弥陀の本願をもたしむるほかは、なにごとをおしえてか弟子と号せん。弥陀の本願は仏智他力のさずけたまうところなり。しかればみなともの同行なり。わたくしの弟子にあらず」と云々 これによりて、たがいに仰崇の礼儀をただしくし昵近の芳好をなすべしとなり。その義なくして、あまっさえ悪口をはく条、ことごとく祖師・先徳の御遺訓にそむくにあらずや、しるべし。
一 同行を勘発のとき、あるいは寒天に冷水をくみかけ、あるいは炎旱に艾灸をくわうるらのいわれなき事。
むかし役の優婆塞の修験のみちをもっぱらにせし山林斗薮の苦行、樹下・石上の坐臥、これみな一機・一縁の方便、権者・権門の難行なり。身をこの門にいるともがらこそ、かくのごときの苦行をばもちいげにはんべれ。さらに出離の要路にあらず。ひとえに魔界有縁の僻見なり。浄土の真宗においては、超世希有の正法、諸仏誠証の秘懐、他力即得の直道、凡愚横入の易行なり。しかるに、末世不相応の難行をまじえて、当今相応の他力執持の易行をけがさんこと、総じては三世諸仏の冥応にそむき、別しては釈迦・弥陀二尊の矜哀をわすれたるににたり。おそるべし、はずべしならくのみ。
一 談議かくるとなづけて、同行、知識に鉾楯のとき、あがむるところの本尊・聖教をうばいとりたてまつる、いわれなき事。
右、祖師聖人御在世のむかし、ある御直弟御示誨のむねを領解したてまつらざるあまり、忿結して貴前をしりぞきてすなわち東国に下国のとき、ある常随の一人の御門弟、「この仁にさずけらるるところの聖教の外題に、聖人の御名をのせられたるなり、すみやかにめしかえさるべきをや」と云々 ときに祖師のおおせにいわく、「本尊・聖教は、衆生利益の方便なり、わたくしに凡夫自専すべきにあらず。いかでかたやすく世間の財宝なんどのようにせめかえしたてまつるべきや。釈親鸞という自名のりたるを、法師にくければ袈裟さえの風情に、いかなる山野にもすぐさぬ聖教をすてたてまつるべきにや。たといしかりというとも、親鸞まったくいたむところにあらず、すべからくよろこぶべきにたれり。そのゆえは、かの聖教すてたてまつるところの有情蠢蠢のたぐいにいたるまで、かれにすくわれたてまつりて苦海の沈没をまぬかるべし。ゆめゆめこの義あるべからざることなり」とおおせごとありけり。そのうえは、末学としていかでか新義を骨張せんや。よろしく停止すべし。
一 本尊ならびに聖教の外題のしたに、願主の名字をさしおきて、知識と号するやからの名字をのせておく、しかるべからざる事。
この条、おなじく前段の篇目にあいおなじきものか。大師聖人の御自筆をもって諸人にかきあたえわたしまします聖教をみたてまつるに、みな願主の名をあそばされたり。いまの新義のごとくならば、もっとも聖人の御名をのせらるべきか。しかるに、その義なきうえは、これまた非義たるべし。これを案ずるに、知識の所存に同行あいそむかんとき、「わが名字をのせたれば」とて、せめかえさん料のはかりごとか。世間の財宝を沙汰するににたり。もっとも停止すべし。
一 わが同行、ひとの同行と嫌別してこれを相論する、いわれなき事。
曾祖師源空聖人の『七箇条の御起請文』にいわく、「諍論のところには、もろもろの煩悩おこる。智者これを遠離すること百由旬、いわんや一向念仏の行人においてをや」と云々 しかれば、ただ是非を糺明し邪正を問答する、なおもてかくのごとく厳制におよぶ。いわんや人倫をもって、もし世財に類する所存ありて相論せしむるか。いまだその心をえず。祖師聖人御在世に、ある御直弟のなかに、つねにこの沙汰ありけり。そのとき、仰せに云わく、世間の妻子眷属もあいしたがうべき宿縁あるほどは、別離せんとすれども捨離するにあたわず。宿縁つきぬるときはしたいむつれんとすれどもかなわず。いわんや出世の同行等侶においては、凡夫の力をもってしたしむべきにもあらず。はなるべきにもあらず。あいともなうというとも、縁つきぬれば疎遠になる。したしまじとすれども縁つきざるほどは、あいともなうにたれり。これはみな過去の因縁によることなれば今生一世のことにあらず。かつはまた、宿善のある機は、正法をのぶる善知識にしたしむべきによりて、まねかざれどもひとをまよわすまじき法燈には、かならずむつぶべきいわれなり。宿善なき機は、まねかざれどもおのずから悪知識にちかづきて善知識にとおざかるべきいわれなれば、むつばるるも、とおざかるも、かつは知識の瑕瑾もあらわれしられぬべし。所化の運否、宿善の有無も、尤も能・所共に恥ずべきものをや。しかるに、このことわりにくらきがいたすゆえか。一旦の我執をさきとして宿縁の有無をわすれ、わが同行ひとの同行と相論すること愚鈍のいたり、仏祖の照覧をはばからざる条、至極つたなきものか。いかん、しるべし。
一 念仏する同行、知識にあいしたがわずんば、その罰をこうぶるべきよしの起請文をかかしめて、数箇条の篇目をたてて連署と号する、いわれなき事。
まず数か条のうち、知識をはなるべからざる由の事。
祖師聖人御在世のむかし、よりよりかくのごときの義を至す人ありけり。御制のかぎりにあらざる条、過去の宿縁に任せられて、かつて、その御沙汰なきよし、先段にのせおわりぬ。また子細、かの段に違すべからず。
次に、本尊・聖教をうばいとりたてまつらん時、おしみ奉るべからざるよしの事、またもって同前、さきに違すべからず。
つぎに、堂をつくらんとき、義をいうべからざるよしの事。
おおよそ造像・起塔等は、弥陀の本願にあらざる所行なり。これによりて一向専修の行人、これをくわだつべきにあらず。されば、祖師聖人御在世のむかし、ねんごろに一流を面授口決し奉る御門弟達、堂舎を営作するひとなかりき。ただ道場をばすこし人屋に差別あらせて、小棟をあげてつくるべきよしまで御諷諌ありけり。中古よりこのかた、御遺訓にとおざかるひとびとの世となりて、造寺土木のくわだてに及ぶ条、仰せに違する至り、なげきおもうところなり。しかれば、造寺のとき、義をいうべからざるの怠状、もとよりあるべからざる題目たるうえは、これにちなんだる誓文、ともにもってしかるべからず。 すべて、事、数か条に及ぶといえども、違変すべからざる儀において、厳重の起請文を同行にかかしむること、かつは祖師の御遺訓にそむき、かつは宿縁の有無をしらず、無法の沙汰ににたり。詮ずるところ、聖人御相伝の正義を存せん輩、これらの今案に混じてみだりに邪義をまようべからず。つつしむべし、おそるべし。
一 優婆塞・優婆夷の形体たりながら、出家のごとく、しいて法名をもちいる、いわれなき事。
本願の文に、すでに「十方衆生」のことばあり。宗家(善導)の御釈に、また「道俗時衆」(玄義分)とらあり。
釈尊四部の遺弟に、道の二種は比丘・比丘尼、俗の二種は優婆塞・優婆夷なれば、俗の二種も仏弟子のがわにいれる条、勿論なり。就中に、不思議の仏智をたもつ道俗の四種、通途の凡体にこえたるをや。その形体においては、しばらくさしおく。仏、願力の不思議をもって無善造悪の凡夫を摂取不捨したまう時は、道の二種はいみじく、俗の二種が往生の位に不足なるべきにあらず。その進道の階次をいうとき、ただおなじき座席なり。しかるうえは、かならずしも俗の二種をしりぞけて、道の二種をすすましむべきにあらざるところに、女形・俗形たりながら法名をもちいる条、本形としては、往生浄土のうつわものにきらわれたるににたり。ただ男女善悪の凡夫をはたらかさぬ本形にて、本願の不思議をもって、生まるべからざるものを生まれさせたればこそ、超世の願ともなづけ、横超の直道ともきこえはんべれ。この一段ことに曾祖師源空ならびに祖師親鸞已来、伝授相承の眼目たり。あえて聊爾に処すべからざるものなり。
一 二季の彼岸をもって念仏修行の時節と定むる、いわれなき事。 それ浄土の一門について、光明寺の和尚の御釈(礼讃)をうかがうに、「安心・起行・作業のみつあり」とみえたり。そのうち、起行・作業の篇をば、なお方便のかたとさしおいて、往生浄土の正因は、安心をもって定得すべきよし釈成せらるる条、顕然なり。しかるに吾が大師聖人、このゆえをもって他力の安心をさきとしまします。それについて、三経の安心あり。そのなかに『大経』をもって真実とせらる。『大経』のなかには第十八の願をもって、本とす。十八の願にとりては、また願成就をもって、至極とす。「信心歓喜 乃至一念」をもって、他力の安心とおぼしめさるるゆえなり。この一念を他力より発得しぬるのちは、生死の苦海をうしろになして、涅槃の彼岸にいたりぬる条、勿論なり。この機のうえは、他力の安心よりもよおされて、仏恩報謝の起行・作業はせらるべきによりて、行住坐臥を論ぜず、長時不退に到彼岸のいいあり。このうえは、あながち中陽院の衆聖、衆生の善悪を決断する到彼岸の時節をかぎりて、安心・起行等の正業をはげますべきにあらざるか。かの中陽院の断悪修善の決断は、仏法疎遠の衆生を済度せしめんがための集会なり。いまの他力の行者においては、あとを娑婆にとおざかり、心を浄域にすましむるうえは、なにによりてかこの決判におよぶべきや。しかるに、二季の時正をえりすぐりて、その念仏往生の時分とさだめて起行をはげますともがら、祖師の御一流にそむけり。いかでか当教の門葉と号せんや。しるべし。
一 道場と号して、簷をならべ牆をへだてたるところにて、各別各別に会場をしむる事。
凡そ真宗の本尊は、尽十方無碍光如来なり。かの本尊所居の浄土は究竟如虚空の土なり。ここをもって、祖師の『教行証』には、「仏はこれ不可思議光仏、土はまた無量光明土なり」とのたまえる、これなり。されば、天親論主は、「勝過三界道」(浄土論)と判じたまえり。しかれども、聖道門の此土の得道という教相にかわらんために、他土の往生という廃立をしばらくさだむるばかりなり。和会するときは、此土・他土一異に、凡聖不二なるべし。これによりて念仏修行の道場とて、あながちに局分すべきにあらざらんか。しかれども、廃立の初門にかえりて、いくたびも為凡をさきとして、道場となづけてこれをかまえ、本尊を安置し奉るにてこそあれ、これは行者集会のためなり。一道場に来集せんたぐい、遠近ことなれば、来臨の便宜不同ならんとき、一所をしめてことのわずらいありぬべからんには、あまたところにも道場をかまうべし。しからざらんにおいては、町のうち、さかいのあいだに、面々各々にこれをかまえて、なんの要かあらん。あやまってことしげくなりなば、その失ありぬべきものか。そのゆえは、「同一念仏無別道故」(論註)なれば、同行はたがいに四海のうちみな兄弟のむつびをなすべきに、かくのごとく嫌別隔略せば、おのおの確執のもとい、我慢の前相たるべきをや。この段、祖師の御門弟と号するともがらのなかに、当時さかんなりと云々 祖師聖人御在世のむかし、かつてかくのごとくはなはだしき御沙汰なしと、まのあたりうけたまわりしことなり。ただ、ことにより、便宜にしたがいてわずらいなきを、本とすべし。いま謳歌の説においては、もっとも停止すべし。
一 祖師聖人の御門弟と号するともがらのなかに、世・出世の二法について得分せよと名目を行住坐臥につかう、こころえがたき事。
それ得分という畳字は、世俗よりおこれり。出世の法のなかに経・論・章・疏をみるに、いまだこれなし。しかれども、おりによりときにしたがいて、ものをいわんときは、このことば出来せざるべきにあらず。しかるに、謳歌のごとくんば、造次顛沛、このことばをもって規模とすと云々 『七か条の御起請文』に、「念仏修行の道俗・男女、卑劣のことわりをもって、なまじいに法門をのべば、智者にわらわれ、愚人をまよわすべし」と云々 かの先言をもっていまを案ずるに、すこぶるこのたぐいか。もっとも智者に笑われぬべし。此のごときのことば、もっとも頑魯なり。荒涼に義にもあたらぬ畳字をつかうべからず。すべからくこれを停止すべし。
一 なまらざる音声をもって、わざと片国のなまれるこえをまなんで念仏する、いわれなき事。
それ五音七声は、人々生得のひびきなり。弥陀浄国の水鳥・樹林のさえずる音、みな宮・商・角・徴・羽にかたどれり。これによりて曾祖師聖人のわが朝に応をたれましまして、真宗を弘興のはじめ、こえ仏事をなすいわれあればとて、かの浄土の依報のしらべをまなんで、迦陵頻伽のごとくなる能声をえらんで念仏を修せしめて、万人のききを悦ばしめ、随喜せしめたまいけり。それよりこのかた、わが朝に、一念多念、声明あいわかれて、いまにかたのごとく余塵をのこさる。祖師聖人の御ときは、さかりに多念声明の法燈、倶阿弥陀仏の余流充満のころにて、御坊中の禅襟達も少々これを、もてあそばれけり。祖師の御意巧としては、全く、念仏のこわいき、いかように節はかせを、定むべしという仰せなし。ただ弥陀願力の不思議、凡夫往生の他力の一途ばかりを、自行化他の御つとめとしましましき。音声の御沙汰さらにこれなし。しかれども、とき世の風儀、多念の声明をもって、ひとおおくこれをもてあそぶについて、御坊中の人々御同宿達もかの声明にこころをよするについて、いささかこれを稽古せらるる人々ありけり。そのとき、東国より上洛の道俗等、御坊中逗留のほど、耳にふれけるか。まったく聖人の仰せとして、音曲を定めて称名せよという御沙汰なし。されば、ふしはかせの御沙汰なきうえは、なまれるをまねび、なまらざるをもまなぶべき御沙汰に及ばざるものなり。しかるに、いま生得になまらざるこえをもって、生得になまれる坂東ごえをわざとまねびて、字声をゆがむる条、音曲をもって往生の得否を定められたるににたり。詮ずるところ、ただおのれがこえの生得なるに任せて、田舎のこえは力なくなまりて念仏し、王城のこえはなまらざる、おのれなりのこえをもって、念仏すべきなり。こえ仏事をなすいわれも、かたのごとくの結縁分なり。音曲更に報土往生の真因にあらず。ただ他力の一心をもって往生の時節を定めまします条、口伝といい御釈といい顕然なり。しるべし。
一 一向専修の名言をさきとして、仏智の不思議をもって報土往生をとぐるいわれをば、その沙汰におよばざる、いわれなき事。
それ本願の三信心と云うは、至心・信楽・欲生これなり。まさしく願成就したまうには、「聞其名号 信心歓喜 乃至一念」とらとけり。この文について、凡夫往生の得否は乃至一念発起の時分なり。このとき願力をもって往生決得すと云うは、すなわち摂取不捨のときなり。もし『観経義』によらば、「安心定得」といえる御釈、これなり。また『小経』によらば、「一心不乱」ととける、これなり。しかれば、祖師聖人御相承弘通の一流の肝要、これにあり。ここをしらざるをもって他門とし、これを知れるをもって御門弟のしるしとす。そのほか、かならずしも外相において、一向専修行者のしるしをあらわすべきゆえなし。しかるをいま風聞の説のごとくんば、三経一論について文証をたずねあきらむるにおよばず、ただ自由の妄義をたてて信心の沙汰をさしおきて、起行の篇をもって、まず雑行をさきおきて正行を修すべしとすすむと云々 これをもって一流の至要とするにや。この条、総じては真宗の廃立にそむき、別しては祖師の御遺訓に違せり。正行五種のうちに、第四の称名をもって正定業とすぐりとり、余の四種をば助業といえり。正定業たる称名念仏をもって往生浄土の正因とはからいつのるすら、なおもて凡夫自力のくわだてなれば、報土往生はかなうべからずと云々 そのゆえは、願力の不思議をしらざるによりてなり。当教の肝要、凡夫のはからいをやめて、ただ摂取不捨の大益をあおぐものなり。起行をもって一向専修の名言をたつというとも、他力の安心、決得せずんば、祖師の御己証を相続するにあらざるべし。宿善もし開発の機ならば、いかなる卑劣の輩も願力の信心をたくわえつべし。しるべし。
一 当流の門人と号する輩、祖師先徳報恩謝徳の集会のみぎりにありて、往生浄土の信心においてはその沙汰にはおよばず、没後葬礼をもって本とすべきように衆議評定する、いわれなき事。
右、聖道門について密教所談の「父母所生身 速証大覚位」(発菩提心論)とらいえるほかは、浄刹に往詣するも苦域に堕在するも、心の一法なり。全く五蘊所成の肉身をもって、凡夫速疾に浄刹のうてなにのぼるとは談ぜず。他宗の性相に異する自宗の廃立、これをもって規とす。しかるに、往生の信心の沙汰をば手がけもせずして、没後喪礼の助成扶持の一段を当流の肝要とするように談合するによりて、祖師の御己証もあらわれず、道俗・男女、往生浄土のみちをしらず、ただ世間浅近の無常講とかやのように諸人思いなすこと、心うきことなり。かつは、本師聖人の仰せに云わく、「某親鸞 閉眼せば、賀茂河にいれて魚にあたうべし」と云々 これすなわち、この肉身をかろんじて仏法の信心を本とすべきよしをあらわしましますゆえなり。これをもっておもうに、いよいよ喪葬を一大事とすべきにあらず。もっとも停止すべし。
一 おなじく祖師の御門流と号するやから、因果撥無と云う事を持言とすること、いわれなき事。
それ三経のなかにこの名言を求むるに、『観経』に「深信因果」の文あり。もしこれをおもえるか。おおよそ、祖師聖人御相承の一義は、三経共に差別なしといえども、『観無量寿経』は機の真実をあらわして、所説の法は定散をおもてとせり。機の真実と云うは、五障の女人・悪人を本として、韋提を対機としたまえり。『大無量寿経』は深位の権機をもって同聞衆として、所説の法は凡夫出要の不思議をあらわせり。大師聖人の御相承はもっぱら『大経』にあり。『観経』所説の深信因果のことばをとらんこと、あながち甘心すべからず。たとい、かの『経』の名目をとるというとも、義理参差せばいよいよいわれなかるべし。そのゆえは、かの『経』の深信因果は、三福業の随一なり。この三福の業はまた人天有漏の業なり。就中に深信因果の道理によらば、あに凡夫往生ののぞみをとげんや。まず十悪において「上品に犯するものは地獄道に堕し、中品に犯するものは餓鬼道に堕し、下品に犯するものは畜生道におもむく」といえり。これ大乗の性相の定むるところなり。もしいまの凡夫所犯の現因によりて当来の果を感ずべくんば、三悪道に堕在すべし。人中・天上の果報なおもて五戒・十善まったからずは、いかでかのぞみをかけんや。いかにいわんや、出過三界の無漏無生の報国報土に生まるる道理あるべからず。しかりといえども、弥陀超世の大願、十悪・五逆・四重・謗法の機の為なれば、かの願力の強盛なるに、よこさまに超截せられ奉りて、三途の苦因を永くたちて、猛火洞燃の業果をとどめられ奉ること、おおきに因果の道理にそむけり。もし深信因果の機たるべくんば、殖うる所の悪因のひかんところは悪果なるべければ、たとい弥陀の本願を信ずと云うとも、その願力はいたずらごとにて、念仏の衆生三途に堕在すべきをや。もししかりといわば、弥陀五劫思惟の本願も、釈尊無虚妄の金言も、諸仏誠諦の証誠も、いたずらごとなるべきにや。凡そ他力一門においては、釈尊一代の説教にいまだその例なき通途の性相をはなれたる言語道断の不思議なりというは、凡夫の報土に生まるるというをもってなり。もし因果相順の理にまかせば、釈迦・弥陀・諸仏の御ほねおりたる他力の別途、空しくなりぬべし。そのゆえは、たすけましまさんとする十方衆生たる凡夫、因果相順の理に封ぜられて、別願所成の報土に凡夫生まるべからざるゆえなり。いま報土得生の機にあたえまします仏智の一念は、すなわち仏因なり。かの仏因にひかれてうるところの定聚のくらい滅度に至ると云うは、すなわち仏果なり。この仏因・仏果においては、他力より成ずればさらに凡夫の力にてみだすべきにあらず、また撥無すべきにあらず。しかれば、なにによりてか「因果撥無の機あるべし」ということをいわんや。もっともこの名言、他力の宗旨をもっぱらにせらるる当流にそむけり。かつてうかがいしらざるゆえか。はやく停止すべし。
一 本願寺聖人の御門弟と号する人々のなかに、知識をあがむるをもって弥陀如来に擬し、知識所居の当体をもって別願真実の報土とすという、いわれなき事。
それ自宗の正依経たる三経所説の廃立においては、ことしげきによりてしばらくさしおく。八宗の高祖とあがめ奉る龍樹菩薩の所造『十住毘婆沙論』のごときんば「菩薩、阿毘跋致を求むるに二種の道あり。一つには難行道、ふたつには易行道、その難行道というは、多途あり。粗五三をあげて義のこころをしめさん」といえり。「易行道というは、ただ信仏の因縁をもって浄土にうまれんと願ずれば、仏力住持してすなわち大乗正定の聚にいれたまう」といえり。曾祖師黒谷の先徳、これをうけて、「難行道というは聖道門なり、易行道というは浄土門なり」(選択集)とのたまえり。これすなわち、聖道・浄土の二門を混乱せずして、浄土の一門を立せんがためなり。しかるに、聖道門の中に大小乗・権実の不同ありといえども、大乗所談の極理とおぼしきには「己身の弥陀」・「唯心の浄土」と談ずるか。この所談においては、聖のためにして凡のためにあらず。かるがゆえに、浄土の教門はもっぱら凡夫引入のためなるがゆえに、己身の観法もおよばず、唯心の自説もかなわず、ただとなりのたからをかぞうるににたり。これによりて、すでに別して浄土の一門をたてて、凡夫引入のみちを立せり。龍樹菩薩の所判あにあやまりあるべけんや。真宗の門においてはいくたびも廃立をさきとせり。「廃」というは、捨なりと釈す。聖道門の此土の入聖得果・己身の弥陀・唯心の浄土等の凡夫不堪の自力の修道をすてよとなり。「立」というは、すなわち「弥陀他力の信をもって凡夫の信とし、弥陀他力の行をもって凡夫の行とし、弥陀他力の作業をもって凡夫報土に往生する正業として、此の穢界をすててかの浄刹に往生せよ」としつらいたまうをもって、真宗とす。しかるに、風聞の邪義のごとくんば、廃立の一途をすてて、此土・他土をわけず浄・穢を分別せず、此土をもって浄土と称し、凡形の知識をもってかたじけなく三十二相の仏体とさだむらんこと、浄土の一門においてかかる所談あるべしともおぼえず。下根愚鈍の短慮おおよそ迷惑するところなり。己身の弥陀・唯心の浄土と談ずる聖道の宗義に差別せるところいずくぞや、もっとも荒涼といいつべし。ほのかにきく、かくのごとくの所談の言語をまじうるを「夜中の法門」と号すと云々 またきく、祖師の御解釈『教行証』にのせらるるところの「顕彰隠密の義」というも、「隠密」の名言はすなわちこの一途を顕露にすべからざるを「隠密」と釈したまえりと云々 これをもってのほかの僻韻か。かの「顕彰隠密」の名言は、わたくしなき御釈なり。それはかくのごとくこばみたる邪義にあらず、子細多重あり。ことしげきによりて、いまの要須にあらざるあいだ、これを略す。善知識において、本尊のおもいをなすべき条、渇仰の至りにおいてはその理しかるべしといえども、それは仏智を次第相承しまします願力の信心、仏智よりもよおされて、仏智に帰属するところの一味なるを仰崇の分にてこそあれ、仏身・仏智を本体とおかずして、ただちに凡形の知識をおさえて「如来の色相と眼見せよ」とすすむらんこと、聖教の指説をはなれ、祖師の口伝にそむけり。本尊をはなれて、いずくのほどより知識は出現せるぞや。荒涼なり、髣髴なり。*694ただ実語をつたえて口授し、仏智をあらわして決得せしむる恩徳は、生身の如来にもあいかわらず、木像ものいわず経典くちなければ、つたえきかしむるところの恩徳をみみにたくわえん行者は、謝徳のおもいを専らにして、如来の代官と仰いであがむべきにてこそあれ、その知識のほかに別の仏なしということ、智者にわらわれ愚者をまよわすべきいいこれにあり、あさまし、あさまし。
一 凡夫自力の心行をおさえて、仏智証得の行体という、いわれなき事。
三経のなかに、『観経』の至誠・深心等の三心をば、凡夫のおこすところの自力の三心ぞとさだめ、『大経』の所説の至心・信楽・欲生等の三信をば、他力よりさずけらるるところの仏智とわけられたり。しかるに、「方便より真実へつたい、凡夫発起の三心より如来利他の信心に通入するぞ」とおしえおきまします祖師親鸞聖人の御釈を拝見さざるにや。ちかごろこのむねをそむいて自由の妄説をなして、しかも祖師の御末弟と称する、この条ことにもっておどろきおぼゆるところなり。まず能化・所化をたて、自力・他力を対判して、自力をすてて他力に帰し、能化の説をうけて所化は信心を定得するこそ、今師御相承の口にあいかないはんべれ。いまきこゆる邪義のごとくは、「煩悩成就の凡夫の妄心をおさえて金剛心といい、行者の三業所修の念仏をもって一向一心の行とす」と云々 此の条、つやつや自力・他力のさかいをしらずして、人をもまよわし、われもまようものか。そのゆえは、まず「金剛心成就」という、金剛はこれたとえなり。凡夫の迷心において金剛に類同すべき謂なし。凡情はきわめて不成なり。されば大師の御釈には、「たとい清心をおこすといえども、みずに画せるがごとし」(序分義)と云々 不成の義、これをもってしるべし。しかれば、凡夫不成の迷情に「令諸衆生」の仏智満入して不成の迷心を他力より成就して、「願入弥陀界」(十四行偈)の往生の正業成ずるときを、「能発一念喜愛心」(正信偈)とも、「入正定聚之数」(論註)とも、聖人釈しましませり。これすなわち「即得往生」の時分なり。この娑婆生死の五蘊所成の肉身いまだやぶれずといえども、生死流転の本源をつなぐ自力の迷情、「共発金剛心」の一念にやぶれて、知識伝持の仏語に帰属するをこそ、「自力をすてて他力に帰する」ともなづけ、また「即得往生」とも、ならいはんべれ。まったくわが我執をもって随分に是非をおもいかたむるを他力に帰すとはならわず。これを金剛心ともいわざるところなり。三経・一論、五祖の釈以下、当流の高祖親鸞聖人自証をあらわしまします御製作『教行証』等にみえざるところなり。しからば、なにをもってかほしいままに自由妄説をのべて、みだりに祖師一流の口伝と称するや。自失誤他の過、仏祖の知見にそむくものか。おそるべし、あやぶむべし。
一 至極末弟の建立の草堂を称して本所とし、諸国こぞりて崇敬の聖人の御本廟本願寺をば参詣すべからずと諸人に障碍せしむる、冥加なきくわだてのこと。
それ慢心は、聖道の諸教にきらわれ、「仏道をさまたぐる魔」と、これをのべたり。わが真宗の高祖光明寺の大師、釈してのたまわく、「 慢弊懈怠 難以信此法」とて、「 慢と弊と懈怠は、もってこの法を信じることかたし」とみえたれば、 慢の自心をもって仏智をはかららんと擬する不覚鈍機の器としては、さらに仏智無上の他力をききうべからざれば、祖師の御本所をば蔑如し、自建立のわたくしの在所をば本所と自称するほどの冥加を存せず、利益をおもわざるやから、大 慢の妄情をもっては、まことにいかでか仏智無上の他力を受持せんや。「難以信斯法」の御釈、いよいよおもいあわせられて厳重なるものか。しるべし。
右此抄者本願寺親鸞面授口決干先師大網如信法師之正旨、報土得生之最要也。余壮年之往日、忝従受三代黒谷・本願寺・大網伝持之血脈以降鎮蓄二尊興説之目足也。遠測宿生之値遇、倩憶当来之開悟、仏恩之高大、宛超干迷慮八万之巓、師徳之深広、殆過干蒼瞑三千之底。爰近曾号祖師御門葉之輩中、構非師伝之今案自義、謬黷権化之清流、恣称当教、自失誤他云々 太不可然不可不禁遏。因茲為砕彼邪幢而挑厥正燈録、斯名曰改邪鈔而已。 建武丁丑第四暦季商下旬廿五日染翰訖、不図相当曾祖聖人遷化之聖日。是知不違師資相承之直語、応尊可喜矣
釈宗昭六十八
本云
貞和元歳乙酉十一月日書写之
釈従覚五十一歳
永享弐年九月十日